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刀 銘:會津臣藤原兼友精鍛造之(あいづしんふじわらのかねともせいたんこれをつくる) 安政六未年四月十六日次胴落 安政五年八月日(1858年) 岡田多宮試之 


Katana:Aizu shin Fujiwara Kanetomo seitan korewotsukuru/ Shin-shinto/ NBTHK:Tokubetsu-Hozon 

新々刀・陸奥 拵え付き 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 
刃長:70.8cm(二尺三寸四分弱) 反り:2.0cm 元幅:3.11cm 先幅:2.25cm 元重ね:0.75cm 先重ね:0.54cm 目釘穴:1



鎬造り 庵棟 鍛え、小板目肌詰み、小沸え細やかに付く 刃文、尖り刃交じりの互の目乱れ、刃縁細やかな沸えつき金筋顕れ、匂い足深く入る 帽子、掃きかけて深く返る 茎、生ぶ、 鑢目檜垣、先浅い剣型 金着せハバキ 白鞘入り

現代居合い拵え(柄・24.3黒革巻き 縁・頭、銅地黒塗り武蔵野図 目貫、合金地金色絵鳳凰図 鐔、鉄地菊花形窓桐図 鞘、黒・藍笛巻き変わり塗り 下げ緒、紺)付き。

「コメント」
六代会津兼友の頗る健全な刀です。茎に会津藩士である藤原兼友が安政五年(1858年)八月に作刀し、翌安政六年四月十六日に岡田多宮により試し斬りがされたと刻されています。
 幕末期、最も悲劇的な運命を辿った会津藩、戊辰戦争では一ヶ月にも及ぶ会津城籠戦をしのぎ、兼友、長道、道辰らは弾丸の製造に尽力、十一代会津兼定は城外に打って出たとも伝えられています。一藩総力戦ともなった戦いは、白虎隊はじめ多くの悲劇を今に伝え、敗れた会津藩士やその家族は本州最北端下北に移り、その後多くは北海道へと移住したと伝えられています。兼友の墓所も北海道にあると北海道在住の会員の方からお聞きしたことがあります。廃刀令後北海道に移り住んだ兼友ら刀工の運命はどのようなものであったのかは記録に残るものはありません。幕末争乱の期、会津藩と運命を共に戦った刀工の刀がここにあります。
商品番号:33

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