短刀 源秀明作(堀井秀明)
(みなもとのひであきつくる)
大正十秊(年)八月日


Tanto:MinamotonoHideaki



現代・北海道
保存刀剣鑑定書付き




刃長:20.6(六寸八分弱) 反り:内反り 元幅:1.91 元重ね:0.77 穴1



 冠落とし造り、鎬高め庵棟低い。 表裏薙刀樋に添え樋をハバキ下で掻き流す。 鍛え、沈み勝ちに小板目肌が整った精美な鍛えは、細やかな地景を織り成し、地鉄精良。 刃文、匂い口沈み勝ちの穏やかな直刃を焼き、刃縁潤むように締まる。 帽子、直調で焼き詰める。 茎生ぶ、先栗尻、鑢化粧筋違い。 木ハバキ。 時代研磨(ヒケ、小サビ有り)。 白鞘入り。



【コメント】
 堀井秀明は徳田兼吉と言い、明治十九年、滋賀県滋賀郡下阪本(しもさかもと)村、現在の大津市下阪本に、徳田広吉の三男として生まれました。初め地元で農具鍛冶などをしていましたが、十九歳の頃、紹介で堀井胤明門人となり、上京して東京高輪の鍛刀所で学び、以後は『兼明』と銘じ、二十歳の頃、胤明と共に鎌倉の瑞泉寺鍛刀所で、隅谷正峯の師、桜井卍正次の鍛刀も手伝っています。後に『瑞泉源秀明』、『瑞泉堀井俊秀』と銘じているのは、この寺名に由来しています。二十五歳の頃、その勤勉さを認められ、胤明の娘婿となり、堀井家の三代目を継ぎました。以後は刀剣保存会付属の刀匠として鍛刀、大正二年に保存会から『秀明』銘を賜りました。大正七年、『日本製鋼所室蘭工業所』からの招聘で入社、義父胤明と共に北海道へ渡りました。大正十二年、義父が亡くなると、堀井家の棟梁として一門を牽引しました。昭和八年、皇太子ご生誕により、『明仁親王』と命名されると、『明』の字を用いることをはばかって、翌年一月から『俊秀』と改めました。昭和十八年十月、五十八歳で没。堀井家の伝統は子の信秀(長男)、胤次(次男)、胤匡(胤次の子)、多数の門人が受け継ぎました。そして言わずもがな、同工を一躍有名にしたのが『三笠刀』です。『三笠刀』は、明治三十八年、日露戦争日本海海戦に於いて、当時最強無敵と言われたロシアのバルチック艦隊を殲滅した、元帥海軍大将東郷平八郎率いる『戦艦三笠』の活躍を記念して、その破損した砲身残鉄を使用して鍛えた記念刀で、昭和三年~七年に掛けて製作されています。また『元帥刀』製作の命を賜った、数少ない刀匠の一人です。『元帥』とは、天皇(大元帥)を除いた一般軍人の最高の栄誉称号で、陸海軍大将の中から、より優れた人物が選ばれます。陸軍では、山県有朋、大山巌、海軍では東郷平八郎、山本五十六などが有名です。この製作を賜ったのは、現物確認されている物だけに限ると、月山貞勝、森岡正吉、笠間一貫斎繁継、堀井秀明(俊秀)の四名のみです。 
 本作は大正十年、同工三十五歳の頃の作、寸法六寸八分弱、重ねの厚い短刀、本作の如く、棟側上半を削いだ菖蒲造り短刀を、冠落とし短刀と言い、古くは鎌倉中期から見られる造り込みで、大和物に多く見られます。沈み勝ちに小板目肌が整った精美な鍛えは、細やかな地景を織り成し、匂い口沈み勝ちの穏やかな直刃を、破綻なく丹念に焼いています。前述のように、俊秀は日本製鋼所室蘭工業所の社員であり、刀剣類の製作は、会社を通して正式に発注を受けて製作しています。そこで製作されたものは全て押型を取って保管しており、『俊秀押型集』として、甲乙丙丁の四冊にまとめられています。本作もその内の一振り、勿論保存鑑定も付いています。
 『三笠刀』、『元帥刀』作者堀井秀明による、注文打ちの入念作短刀、大正期秀明銘の貴重な一振りです。




商品番号:L-430 短刀 源秀明作(堀井秀明) 保存刀剣鑑定書付き

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