脇差し (太刀銘)予州松山住長国
(よしゅうまつやまじゅうながくに)


Wakizashi:Nagakuni



新刀・伊予 江戸初期 業物
特別保存刀剣鑑定書付き




刃長:40.7(一尺三寸四分強) 反り:1.3 元幅:2.84
先幅:2.68 元重ね:0.82 先重ね:0.67 穴2




 薙刀直し風造り、鎬高め三ッ棟尋常、大切っ先。 表は腰元櫃内に火焔不動、裏は重ね梵字の彫り。 鍛え、地沸が厚く付いた板目肌が、うねるような細かな地景を交えて良く詰んでおり、上品に肌立ち、地鉄良好。 刃文、広直刃調の穏やかな刃取りですが、刃縁に美しい小沸が付き、ほつれ交じりで僅かに小乱れて、刃中に繊細な金筋、砂流しが繁く掛かる。 帽子、直調でほつれて先掃き掛け返る。 茎先僅かに摘み、区送る、先切り、鑢檜垣。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。



【コメント】
 長国は三善(三好)藤四郎と称し、天正五年、安芸国広島に生まれ、父常慶も長谷部国信九代孫と称した刀匠ですが、長国が幼い頃に没したため、その後は伯父肥後守輝廣に学びました。初銘を安廣と銘じ、後に伊予国松山へ移り、文禄四年、十九歳の頃、加藤嘉明に仕官して、長国と改めました。加藤嘉明は豊臣秀吉の子飼いの戦国武将、加藤清正、福島正則らと同じ武闘派で、賤ヶ岳の七本槍の一人、伊予松山藩及び、陸奥会津藩初代藩主を務めました。長国はその後、関ヶ原、大坂の役にも従軍し、江戸期入ると、寛永四年、前述のように、主君嘉明が会津藩主として移動となると、それに従って会津へ移住、若松城下の甲賀町口(現福島県会津若松市栄町付近)にて鍛刀しました。これがいわゆる会津三善鍛冶の始まり、同工はその初祖であり、子に三善政長、孫に三善長道がおり、嫡系は代々藤四郎を名乗りました。寛永八年、五十五歳で没。作は文禄末年から、寛永初年頃まで残されていますが、その大半は伊予松山で鍛刀しています。『予州松山住長国』と切るものを『松山打ち』、最晩年は、『奥州会津住長国』と切る『会津打ち』になります。雄壮な慶長新刀姿の作が多く、造り込みは、鎬造りの他に、片切り刃、菖蒲造りなどもまま見られ、出来は直刃から乱れ刃まで、稀に彫り物もあります。現存作は中々見ない刀工です。
本作は大切っ先で鎬地を一部削いだ薙刀直し風の脇差し、元先身幅がほぼ同じで、慶長新刀らしい力感溢れる造り込み、三つ棟で重ねもガシッとして、地刃健全です。地沸が厚く付いた板目肌が、うねるような細かな地景を交えて良く詰んで、上品に肌立つ鍛え、広直刃調の穏やかな刃取りですが、刃縁に美しい小沸が付き、ほつれ交じりで僅かに小乱れて、刃中に繊細な金筋、砂流しが繁く掛かっています。堀川国廣晩年作を思わせるような、地刃ビシッと冴えて、欠点が見当たりません。腰元櫃内に火焔不動の浮き彫り、重ね梵字の彫りがあります。茎の感じからすれば、彫り物は後から入れたものと考えなければいけませんが、彫り口の鏨は落ち着いていますので、後からと言っても、ほぼ同時期の作と見て良いかと思います。彫りを仔細に見ても、不動明王の細かな表情まで、寸分の狂いなく完璧に彫っていますので、誰もが出来る彫りではなく、見事な作です。
会津三善鍛冶の祖、三善長国による傑作の慶長新刀脇差し、貴重な『伊予松山打ち』の現存作、彫り物も抜群に上手いです。








商品番号:L-493 脇差し (太刀銘)予州松山住長国 業物 特別保存刀剣鑑定書付き

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