刀 (太刀銘)左行秀造之
(さのゆきひでこれをつくる)
明治三年二月日


Katana:Sanoyukihide



新々刀・土佐 明治初期
特別保存刀剣鑑定書付き
寒山先生鞘書き有り




刃長:71.2(二尺三寸五分) 反り:1.0 元幅:3.26
先幅:2.41 元重ね:0.75 先重ね:0.59 穴1




 鎬造り、鎬高目庵棟尋常、大切っ先ふくら枯れる。 鍛え、地沸が微塵に厚く付いた精美な小板目肌は、細かな地景をふんだんに配し、波状の流れ肌を交えた鍛えで、地鉄良好。 刃文、直湾れ調の焼き刃は、上半が広直刃調となり、刃縁に沿って小沸をムラなく均等に配し、刃縁の沸匂い厚く、刃明るく冴える。 帽子、直調で沸付き先僅かに掃き掛け小丸に返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢化粧筋違い。 銀二重ハバキ(被せ部分金着せ)。 時代研磨(棟に小サビ)。 白鞘入り。



【コメント】
 左行秀の晩年円熟期に於ける集大成の一振り、明治三年は同工最終年の作、地刃の冴え、沸匂いの深みを遺憾なく示した優品です。
 左行秀は、文化十年、伊藤又兵衛盛重の嫡子として、筑前国上座(じょうざ)郡朝倉星丸の里、現在の福岡県朝倉市杷木(はき)星丸に生まれました。筑前左文字三十九代目と称し、その旨を刻銘した作も多く見ます。豊永久兵衛と称し、東虎とも号しました。天保初年に出府し、細川正義門人の清水久義に鍛刀を学び、弘化三年、土佐藩工関田真平勝廣の勧めにより土佐へ下り、安政二年十月には土佐藩工となります。万延元年の終わりから文久二年の初め頃までの間に、再度江戸へ戻り、深川砂村の土佐藩邸にて鍛刀しましたが、慶応三年五月、板垣退助との不和が元で、同年夏に土佐へ帰っています。この後から、豊永東虎左行秀造之などと、東虎の号を添えた銘も見られるようになります。
年紀作に見る活躍期は、天保十一年から明治三年まで、晩年は嫡子幾馬と横浜で余生を過ごし、明治二十年、七十五歳で没。
 作風は、初期は丁子乱れ風の作もありますが、土佐へ下った弘化三年以降は、広直刃調、湾れ調の刃取りに、刃中は互の目足入るもの、沸崩れるものなどが見られるようになり、それまでとは別人とも思えるような作風に変化、刃縁の沸匂いの深み、明るさは、同工ならではと言えます。こういった作風は、古くは江義弘、新刀では井上真改、長曽祢虎徹らが得意としたもので、同工もこれらに私淑したものと考えられます。
 幕末期、勤皇の雄藩であった土佐藩、その藩主山内容堂が、行秀の刀を『今正宗』と絶賛したことから、土佐藩士や土佐出身の志士達からの注文打ちが増え、中には坂本龍馬の実兄、坂本権平の名も見ます。その雄壮な姿から土佐の長刀とも呼ばれ、京では土佐の志士らが、好んで差して闊歩したと伝えています。
 本作は明治三年、同工五十八歳の頃の作、前述したように、刀工として活躍した最後の年に当たる、晩年円熟期の会心作です。
 寸法二尺三寸五分、大切っ先フクラ枯れ、反り浅く、身幅重ねカチッとした 地沸が微塵に厚く付いた精美な小板目肌は、細かな地景をふんだんに配し、波状の流れ肌を交えた鍛えで、直湾れ調の焼き刃は、上半が広直刃調となり、刃縁に沿って煌びやかな小沸の粒をムラなく均等に配しており、刃縁の沸匂いの厚み、深み、明るさは素晴らしいものがあります。
 新々刀期に於いて、このスタイル、この出来は、同工の独壇場とも言える作域であり、決して他に紛れることはありません。少し地に鍛えがありますが、地刃は健全そのもの、登録証は、勿論、昭和二十六年の高知登録です。
 これぞ左行秀という典型作優品、最終の貴重な年紀と共にコレクション価値の高い逸品です。
















【売約済】商品番号:V-1703 刀 (太刀銘)左行秀造之 特別保存刀剣鑑定書付き 寒山先生鞘書き有り

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