刀 銘:固山備前介宗次作之 安政五年二月日
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新々刀 日本美術刀剣保存協会:特別保存鑑定 |
刃長:72.9cm(二尺四寸五厘) 反り:1.6cm 元幅:3.15cm 先幅:2.12cm 元重ね:0.81cm 先重ね:0.55cm 目釘穴:1個
鎬造り、庵棟、尋常な中切っ先。身幅・重ね豪壮にて、腰反り優美な姿。鍛え、板目肌梨地の如く詰み、地沸厚く付き、潤いある美しい地鉄は極めて精良。刃文、小沸出来の丁子乱れ、匂い口明るく冴える。帽子、乱れ込んで小丸に返る。茎、生ぶ、先入山型、鑢化粧筋違い。銅に金鍍金ハバキ。白鞘(寒山鞘書き)入り。 「コメント」 固山宗次は、享和三年(1803年)奥州白川に生まれ、通称宗兵衛、一専斎又は精良斎と号した。水心子正英門の加藤綱英に学んだとされていますが、卓越した備前伝の作風を見ると、弟である長運斎綱俊に多大なる影響を受けていることが分かります。白河藩松平家に仕え江戸に出て、四谷左門町を定住の地としました。後に四谷にはあの源清麿も居を構えましたが、清麿は近くに越して来ながら先輩である宗次に挨拶を怠ったため、宗次が憤慨し果たし合いを申し込んだという逸話が残っています。これ以後、2人は職人肌の宗次・天才肌の清麿と呼ばれ、江戸で人気を二分するほどの刀匠になりました。宗次は、弘化二年には備前介を受領し、明治の初め頃まで作品を残しています。 宗次は、当時の首斬り役人山田浅右衛門などに刃味利鈍の指導を受けているため、その刀は備前丁字という華やかな刃文だけで無く、斬れ味という実用性の面からも十二分に考慮されており、出来不出来の差が少ないことでも有名です。 この刀は、裏年紀が示すように安政の作で、宗次当時55歳の一番油の乗った時期に作刀されているため、新々刀収集家の中でも特に人気が高いのです。つまり、この刀は出来・人気・斬れ味の三要素を兼ね備えた非の打ち所の無い極めて傑作の一振りであると言えます。 |
| 商品番号:V-491 |
¥3.600.000 |
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