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刀剣 何でも相談室
このコーナーでは日々会員の皆様から寄せられる刀剣や刀装具に関する質問にお答えして参ります。
北海道札幌市 Iさんからのご質問
新刀 新々刀 古刀だいたいの 年代を教えて下さい。
前回に引き続き、今回は、新刀期における刀の変遷とその時代背景などについて述べたいと思います。   新刀期は、前回にも記述した通り、1596年頃(慶長元年)〜1781年頃(安永10年)までと言われて   います。とはいえ、1573年(天正元年)に室町幕府が崩壊し、1600年(慶長5年)に徳川家康が   関ケ原の戦いに勝利し、1603年に江戸幕府を開くまでの約30年間が古刀期〜新刀期へ移行していく   正に過渡期だったと言えるのではないでしょうか。
この時代に大活躍した二代英雄と言えば、織田信長(1534〜1582年)と豊臣秀吉(1536〜1598年)   です。16世紀後半、戦国時代の真っ只中、彼らを筆頭に全国各地の武将が多くの   刀を所蔵し、特に名刀と呼ばれる刀に対する熱愛ぶりは狂信的でした。   信長は、若い時から好んで朱鞘の大小の刀を差し、風変わりな格好をしていました。派手好きな性格で   あった彼は、刀の刃文も華麗なものを好み、備前の長船光忠という刀匠を特に気に入り25振りも持って   いたと言われています。さらに、刀の目利き、研磨の知識にも優れ、余暇を見つけては堺へ名刀を   掘り出しに行っていたそうです。おそらく、安土城の天守閣で数々の名刀を掲げて満足気な笑みを   浮かべていたことでしょう。秀吉に関しても一説によれば、実父は刀匠に近い職業だったとか、美濃関の刀匠の子であったという話も   あります。彼は相州正宗が非常に好きで、相当な数を所持していたそうです。彼もまた、刀の目利き、研磨に   関しての才能が高く、伏見城(桃山城)に登城してくる大名達の刀を取り上げては、刀、拵の特徴から   その持ち主を推測し、所持主を言い当てるというゲ−ムをしていたそうです。とにかく、刀に対して心底熱い男達だった   のです。   秀吉以降、刀の本場である山城、大和、備前、相州、美濃の五ケ伝の本国は衰退し、家康が幕府を開いた江戸、商業都市   大阪等の新興都市において新しい刀、新刀が生まれます。   まず初めに登場する慶長新刀は、鎌倉南北朝時代のものを理想としながらも生ぶの太刀姿ではなく、大摺上げ無銘の体配です   古刀期の終わりに主流となっていた、2尺〜2尺3寸   (約60.6〜69.7cm)の長の片手打ちに適したものから、   2尺4寸〜5寸(約72.7〜75.8cm)前後に規格化され、刀姿も丈夫で、かつ美術性の高いものが   要求されるようになります。さらに、15世紀頃から大規模に行われるようになった、刀の主材料である   玉鋼(=和鉄)の製鋼法の更なる進化により、以前にも増して優秀な鋼を安定した品質で量産できるように   なったことや、南蛮鉄と呼ばれる新たな鉄がオランダ、スペイン、ポルトガルなどから入ってきたことが、   新刀期における正に新しい刀の出現を可能にしたと言えるでしょう。   そして、17世紀半ばになり、徳川政権が安定期に入ると、各地の刀工が江戸に集中移住し、各自その手腕    を磨き実力をつけました。京都は、豊臣氏の滅亡と共に名工の数は減りましたが、その分大阪にその繁栄が   移っていきました。この江戸、大阪を中心に今まで無かった斬新で個性的な作風が生まれます。   幕府は、この間、これまでの戦乱の世であったイメ−ジを払拭するため帯刀の最大寸法を刀は   2尺8寸(約84.8cm)、脇差は1尺7寸(約51.5cm)までと規定しました。   しかし、こうした太平時代の幕開けが逆に刀の需要を減少させ、鍛刀界は勢いを失います。「これではイカン!」   ということで、18世紀に入りると、暴れん坊将軍こと8代将軍徳川吉宗が鍛刀界の復興を願って   様々な政策を行いました。あとは19世紀に入って新々刀の登場による完全復活を待ちわびるばかりです。

ということで、次回は幕末に揺れ動いた新々刀編です。
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