短刀 山浦真雄
(やまうらさねお)
安政五年二月日(一八五八年)


Tanto:Yamaura Saneo



新々刀・信濃 江戸末期
拵え付き
特別保存刀剣鑑定書付き




刃長:29.8(九寸八分強) 反り:僅か 元幅:2.72 元重ね:0.73 穴1



 平造り、庵棟低い。 鍛え、地沸を微塵に厚く敷いた小板目肌は、地色明るく、僅かに流れ肌を交え、細美な地景をふんだんに配した鍛えで、地鉄精良。 刃文、互の目丁子乱れを主体とした刃文は、僅かに逆掛かる大房の丁子を交えて、刃縁に光りの強い荒沸が良く付き、刃中沸足繁く入り、繊細な金筋、砂流しが掛かる。 帽子、直調で先僅かに掃き掛けて返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢筋違い。 銀ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
 小さ刀拵え(近代作 全長53センチ 鞘 黒と黒に塵散らしの笛塗り鞘 こじり、四分一研磨地鍬形 小柄、鉄研磨地、平象嵌色絵、秋草図 下げ緒焦げ茶蛸足 柄 鮫に茶柄巻き 縁頭、赤銅地据紋象嵌、秋草図 目貫、赤銅容彫色絵、梅に鼠の図 鍔 鉄地長丸形据紋象嵌、貝取籠の図)付き。
 



【コメント】
 山浦真雄は、文化元年八月、治右衛門昌友(信風)の嫡子として、信濃国佐久郡赤岩、現在の長野県小諸市で生まれました。幼名を駒次、完利と言い、昇とも称しています。その後文化十年三月に生まれたのが、正行(清麿)です。
 真雄は、十二歳の頃から、信濃国小諸藩士、諏訪清兼に剣術を学び、己に見合う最強の一振りを鍛えるために、鍛冶の道を志したと伝わっています。文政十一年、真雄は弟正行と共に、信濃国上田藩工、河村寿隆に入門、この時真雄二十五歳、正行十六歳でした。
 年紀作に見る真雄の活躍期は、文政十三年から明治六年まで、明治七年、七十一歳にて没。
 作風は、最初の四、五年は、因州浜部一門であった師に倣い、匂い口の締まった重花丁字風の刃文を焼きましたが、それ以後は、清麿同様に相州伝の烈しい互の目乱れが主体となります。
 銘振りは、最初『天然子完利』、天保二年から弘化末年頃までは『天然子寿昌』、『信濃国寿昌』、嘉永元年から同三年までは『源正雄』、『山浦昇源正雄』と切ります。清麿門の最古参、鈴木正雄も同じく『源正雄』と切りますが、真雄は楷書、鈴木正雄は草書体で切るため、見分けは容易かと思われます。嘉永四年からは、『山浦真雄』、『信州住真雄』、『信濃国真雄』、文久三年頃からは、『遊射軒真雄』、『遊雲斎真雄』などと、号を添えた銘も見られるようになり、晩年明治元年九月からは、『寿長』と銘じています。
 本作は安政五年、同工五十五歳の頃の作、『山浦真雄』銘を切った大変希少な一振り、現代刀かと思うような綺麗な茎からは、保存状態の良さが窺われ、銘も鏨跡が鮮明です。
 寸法九寸八分強、身幅、重ねのしっかりとした力強い短刀で、地沸を微塵に厚く敷いた小板目肌は、地色明るく、僅かに流れ肌を交え、細美な地景をふんだんに配した鍛えで、互の目丁子乱れを主体とした刃文は、僅かに逆掛かる大房の丁子を交えて、刃縁に光りの強い荒沸が良く付き、刃中沸足繁く入り、繊細な金筋、砂流しが掛かっています。
 差し裏帽子の刃中に細かな鍛えが一箇所だけありますが、地刃の健全さ、保存状態の良さには目を見張るものがあり、清麿同様、真雄の在銘正真作は中々お目に掛かりません。
 山浦真雄円熟期の自信作、山浦一門の代表鍛冶としての実力を存分に示した逸品、これはお薦めです。
 付属の小さ刀拵えも素晴らしい作、笛吹き塗りの変わり鞘で、凝った意匠の縁頭など、中々良い金具を使用しています。


















商品番号:M-229 短刀 山浦真雄 特別保存刀剣鑑定書付き 拵え付き

価格: ¥2,500,000 (税込)
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