(こやまむねつぐこれをつくる)
天保七年十二月日(一八三六年)
同八(年)十月廿七日 山田五三郎 太々快截断


Wakizashi:Koyama Munetsugu



新々刀・武蔵 江戸末期
特別貴重刀剣認定書付き
探山先生鞘書き有り




刃長:43.0(一尺四寸二分) 反り:1.0 元幅:3.33 元重ね:0.93 穴1



 平造り、庵棟低い。 表裏棒樋に添え樋をハバキ下で掻き流す。 鍛え、板目が沈み勝ち詰み、流れ肌を交えて細かな地景を配し、地色にやや黒みがあり、地沸厚く付き、地鉄良好。 刃文、互の目乱れを主体とし、尖り風の刃、角張った刃、小互の目を交え、刃縁柔らかくやや沈み勝ちに潤み、沸匂い深く付く。 帽子、湾れ込んで先小丸に返る。 茎生ぶ、浅い入山形、鑢化粧筋違い。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。  



【コメント】
 宗次は固山宗兵衛と言い、享和三年(一八〇三年)、陸奥国白河(現福島県白河市)に生まれました。その師に付いては、水心子正秀門下の加藤綱英と言われますが、実際にはその弟で丁子刃を得意とした長運斎綱俊の影響を強く受けていると考えられています。兄に宗平、宗俊がおり、一専斎、精良斎とも号しました。初め白河藩松平家の抱え工として鍛刀し、文政六年(一八二三年)、主家が伊勢桑名藩へ国替えされると、それに伴い桑名藩工となりましたが、大半は江戸麻布永坂、四谷左門町にて鍛刀しています。弘化二年(一八四九年)に『備前介』受領、年紀作に見る活躍期は、文政後半から明治三年頃まで残っています。
 作風は、一貫して備前伝、綺麗な地鉄に華やかな丁子刃を焼いた『宗次丁子』の美しさは新々刀随一とされます。また大業物作者としても名高く、試し斬り名人、七代目山田浅右衛門吉利(山田五三郎)、尾張犬山藩士で試斬家でもあった伊賀兎毛(伊賀四郎左衛門乗重)らに指導を受け、斬れ味を追求した作刀を行っています。
 本作は天保七年、同工三十四歳の頃の作、いわゆる『天保打ち』による会心作です。
 『天保打ち』とは、同工前期に当たる二十代の終わりから四十代初め頃までの作を指し、この頃に覇気溢れる傑作が多いことから重宝されます。実際同工の重要刀剣指定品の内、六割近くが『天保打ち』であることもその裏付けの一つかと思います。
 寸法一尺四寸二分、身幅広く、重ねも1㎝弱ある雄壮な平脇差し、鞘から抜いた瞬間に何とも言えない重量感、迫力が伝わってきます。
 板目が沈み勝ち詰んだ地鉄は、流れ肌を交えて細かな地景を配しており、互の目乱れを主体とした刃文は、尖り風の刃、角張った刃、小互の目を交え、刃縁やや沈み勝ちで沸匂い深く付いた柔らかな刃を焼いています。
 茎裏の截断切付銘からも分かるように、翌年には前述した七代目山田浅右衛門吉利こと山田五三郎が試し斬りを行っています。
 吉利は後藤五三と言い、六代目吉昌の養女と結婚して山田家を相続、七代目山田浅右衛門として天保から明治初年頃まで活躍、吉年とも銘じました。多くの思想家、幕末の志士らが処刑された『安政の大獄』で、吉田松陰、橋本左内らの介錯を行ったのはこの七代目です。明治十七年、七十二歳没。
 截断銘にある『太々(たいたい)』は肩の線、截断箇所としては最も硬い部位ですが、『快截断』とあることからも分かるように、『快』とは『こころよい』、つまりは何の抵抗も感じないくらいスパッと気持ち良く斬れたということでしょう。
 固山宗次『天保打ち』の会心作、天下の山田浅右衛門が認めたこの斬れ味、永らく愛刀家の方が所持していた激生ぶの秘蔵品、勿論特別保存までは保証致します。これは強くお薦めする固山宗次です。
















商品番号:M-855 脇差し 固山宗次造之 特別貴重刀剣認定書付き 探山先生鞘書き有り

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