刀 正秀(水心子)(刻印)
(まさひで)
皇和文政戊寅(文政元年=1818年)
松昌君合齎来精鉄与予煉鉄造之因名双龍剣


Katana:Masahide



新々刀・武蔵 江戸後期
保存刀剣鑑定書付き 




刃長:69.2(二尺二寸八分) 反り:1.5 元幅:3.31
先幅:2.34 元重ね:0.82 先重ね:0.55 穴1




 鎬造り、鎬高め庵棟低い、やや鋭角の大切っ先。 表は草の倶利伽羅に棒樋、裏は三鈷柄附き剣に棒樋有り。 鍛え、小板目に板目交じり、所々流れ心に強く肌立ち、地沸厚く付き、地鉄良好。 刃文、互の目乱れ調の刃取りで、刃中丁子、小丁子刃が間断なく入って潤み勝ちとなり、金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ調で沸付き、先突き上げ気味に掃き掛け返る。 茎生ぶ、先刃上がり栗尻、鑢大筋違い。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨(ヒケ有り)。 白鞘入り。  



【コメント】
 正秀は、川部儀八郎と言い、寛延三年生まれ、出羽国山形の出身で、始め武蔵国川越にて、下原鍛冶で武蔵太郎安国門人の武蔵丸吉英に学び『宅英』と銘じました。後に『英国』、安永三年には、山形藩主秋元家に抱えられて、『正秀』と改銘し、『水心子』と号しました。文政元年、二代白熊入道に名跡を譲り、『天秀』と改銘、文政八年、七十六歳で没。
 正秀が『新々刀の祖』と呼ばれる所以は、大慶直胤、細川正義、角元興等々、二百近くに及ぶ門弟を輩出し、江戸中期以降、停滞していた刀剣界に再び上昇気運をもたらした立役者であったこと、理論と実技の両面に卓越していた同工の著書によって、他の刀匠の鍛刀技術革新に貢献したことなどに因ります。
 また大慶直胤、源清麿と共に『江戸三作』とも呼ばれる新々刀最高峰鍛冶です。
 作は安永初め頃から文政頃まで、作風は、初期の安永から享和頃までは、大坂新刀を狙った越前守助廣風の濤瀾刃、井上真改風の直湾れ刃など、焼きの深い、華やかな作が多く、文化以降は、自らが『刀はすべからく鎌倉期へ回帰せよ。』と提唱した、いわゆる『復古造法論』の実践から、鑑賞的な華やかさではなく、実用を本位とした穏やかな直調に丁子交じりの作風へと移行して行きました。
 稀に見られる彫り物に付いては、自身彫りも多少あるとされていますが、特に優れた作は、弟子の本荘義胤の手によるものとされています。
 文化初年頃から継続的に茎に見られるようになる特有の刻印は、『日天』の文字を独鈷剣の如く図案化したもので、贋作予防として同工が創始したものです。
 本作は文政元年、同工六十九歳の頃の晩年作、この年に『天秀』と改銘していますので、その直前の貴重な作です。
 寸法二尺二寸八分、やや鋭角の大切っ先で身幅、重ねのしっかりとした一振り、互の目乱れ調の刃取りで、刃中丁子、小丁子を交えた刃文は、総体的に刃が潤み勝ちとなっています。表裏の彫り物も刀身に調和した真面目な作です。
 『松昌君合齎来精鉄与予煉鉄造之因名双龍剣』の切り付け銘ですが、『松昌』なる人物が持ってきた特別な鉄と、予め精錬してあった鉄を合わせて造ったので、それに因んで『双龍剣』と名付けたというような意味合いかと思います。『齎=もたらす、おくりもの』の意。
 地に多少緩みがありますが、切っ先の延びた雄壮なスタイル、特別な材料を使用した特注品、おそらく正秀銘としては最終の作、『新々刀の祖』水心子正秀晩年円熟期の意欲作です。














商品番号:M-949 刀 正秀(水心子)(刻印) 保存刀剣鑑定書付き 

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