短刀 寿長(山浦真雄晩年銘)
(としなが)
明治二年八月日(一八六九年)


Tanto:Toshinaga



新々刀・信濃 明治初期 拵え付き
特別保存刀剣鑑定書付き
『名匠の形見 山浦真雄・兼虎遺作集』所載品




刃長:21.2(七寸弱) 反り:僅かに内反り 元幅:2.25 元重ね:0.60 穴1



 平造り、庵棟低め。 鍛え、小板目詰み、所々細かな柾肌、板目が上品に肌立ち、地色明るく、地景を配し、地沸厚く付き、地鉄良好。 刃文、湾れ調で、刃縁の沸匂い一際深く明るく冴え、刃中繊細な金筋、砂流し掛かる。 帽子、直調で沸付き、先僅かに掃き掛けて長く返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢筋違い。 銀ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
 合口拵え(江戸後期 全長37 鞘 朱塗りの海老鞘 金具四分一研磨地 栗型、鯉口、瓦金は黒塗り 小柄、赤銅研磨地、据え紋象嵌色絵、月に釣り人の図下げ緒麻黒薄茶蛸足 柄 薄茶塗り鮫に麻糸柄巻き 縁頭角 目貫、赤銅容彫色絵、小鳥の図)付き。



【コメント】
 山浦真雄は、文化元年八月(一八〇四年)、治右衛門昌友の嫡子として、信濃国佐久郡赤岩、現在の長野県小諸市で生まれました。幼名を駒次と言い、完利、昇とも称しています。その九年後の文化十年三月(一八一三年)に生まれたのが正行(清麿)です。
 真雄は、十二歳の頃から、信濃国小諸藩士、諏訪清兼に剣術を学び、己に見合う最強の一振りを鍛えるために、鍛冶の道を志したと云います。文政十一年(一八二八年)、弟正行と共に、信濃国上田藩工、河村寿隆に入門、この時真雄二十五歳、正行十六歳でした。
 年紀作に見る活躍期は、文政十三年(一八三〇年)から明治六年(一八七三年)まで、明治七年、七十一歳にて没。
 作風は、最初期は因州浜部一門であった師に倣い、刃縁の締まった重花丁子風の刃文を焼きましたが、それ以後は、清麿同様に相州伝の烈しい互の目乱れが主体となります。
 銘振りは、最初『天然子完利』、天保二年から弘化末年頃までは『天然子寿昌』、『信濃国寿昌』、嘉永元年から『源正雄』、『山浦昇源正雄』、嘉永四年から、『山浦真雄』、『信州住真雄』、『信濃国真雄』、文久三年頃から、『遊射軒真雄』、『遊雲斎真雄』などと、号を添えた銘も見られるようになり、晩年明治元年九月からは、『寿長』と銘じています。
 本作は明治二年、同工六十六歳の頃の作、晩年の『寿長』銘を切った大変希少な一振り、寸法七寸弱、身幅、重ね尋常で健全な短刀です。
 小板目詰み、所々細かな柾肌、板目が上品に肌立つ地鉄は、地色明るく、地景を配し、湾れ調の焼き刃は、刃縁の沸匂い一際深く明るく冴え、刃中繊細な金筋、砂流しが掛かっています。
 これまで真雄の作としては、『正雄』、『山浦真雄』銘は掲載しましたが、『寿長』銘は勿論初掲載、穏やかな刃調ですが、刃縁の明るさと冴えは井上真改を思わせる逸品です。
 付属の外装は、江戸期の作、朱塗りの海老鞘合口拵えで、上品に雰囲気良く誂えてあり、小柄もあります。 
 山浦真雄晩年円熟期に於ける集大成の一振り、これは貴重です。














【売約済み】 商品番号:M-984 短刀 寿長(山浦真雄晩年銘) 明治二年八月日(一八六九年) 特別保存刀剣鑑定書付き 拵え付き 『名匠の形見 山浦真雄・兼虎遺作集』所載品

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