刀 平信秀(栗原信秀)
(たいらののぶひで)
文久二二年二月日(一八六四)


Katana:Tairano Nobuhide



新々刀・武蔵 江戸最末期
特別保存刀剣鑑定書付き




刃長:74.2(二尺四寸五分) 反り:1.6 元幅:3.24
先幅:2.39 元重ね:0.78 先重ね:0.54 穴3(内1埋)




鎬造り、鎬高く庵棟低い、大切っ先で鋭角となる。 鍛え、板目肌良く詰み、所々流れ心に肌立ち、地色明るく、地沸厚く付き、地景繁く入り、所々細かな飛び焼き入り、地鉄良好。 刃文、互の目乱れを主体とし、やや角張った刃、小互の目、丁子風の刃を交え、刃縁沸匂い深く明るく締まり、刃中葉、互の目足繁く入り、金筋、砂流し掛かる。 帽子、乱れ込んで焼き深く沸付き、先掃き掛けて返る。 茎磨り上げ、先栗尻、鑢勝手下がり。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。



【栗原信秀は、文化十二年、現在の新潟市南区月潟付近に生まれ、文政十二年に上洛して京鏡師として活躍した後、嘉永三年に江戸へ出て二歳年上の清麿門に入りました。嘉永五年には独立、嘉永六年八月から七年に掛けて、相模国浦賀、元治元年八月から慶応三年正月までは大坂今宮でも鍛刀、それぞれ『浦賀打ち』、『大坂打ち』呼ばれます。慶応元年、『筑前守』を受領、年紀作に見る活躍期は、嘉永五年から明治十年まで、明治十三年、東京本郷元町宅にて六十六歳で没。
 作風は、師同様に互の目乱れを主体とした覇気溢れるものが多く、その技量は清麿門下中卓抜したものがあり、師に迫る名品を数々生み出しています。
 また彫りの名人としても有名、越前記内、本荘義胤などに範を取り、それを独自展開した斬新な作が多く見られ、月山貞一、本荘義胤と共に、幕末の『三大名人』と呼ばれます。
 銘振りの変遷として、最初期は『信秀』二字銘、嘉永七年から文久二年までは、『栗原謙司信秀』銘、文久三年から元治二年までは、『平信秀』若しくは『信秀』銘となり、銘も大振りになります。特にこの頃は長尺刀が多く、茎も長い作が多く見られます。慶応元年から四年までは、『筑前守信秀』銘が主で、『信秀』、『栗原信秀』、『栗原筑前守信秀』銘も併用、明治元年からは、『栗原筑前守平朝臣信秀』などと切る、『平朝臣』銘も加わります。
 本作は文久四年、同工五十歳の頃の作、寸法二尺四寸五分、大切っ先鋭角となり、身幅、重ねのガシッとした雄壮な一振りは清麿一門が得意とした作域、その中でも本作は同工傑出の一振りです。
 板目肌良く詰み、所々流れ心に肌立つ地鉄は、地色明るく、互の目乱れを主体とした刃文は、やや角張った刃、小互の目、丁子風の刃を交え、刃縁明るく締まり、刃中葉、互の目足繁く入り、金筋、砂流し掛かって地に所々細かな飛び焼きも見られます。
 地刃健全で良く冴えており、欠点は磨り上がっていることだけでしょう。三寸程磨り上げられていますので、本来は二尺八寸近かったものと思われます。
 前述したように、この頃の信秀には、寸法、茎の長い作が多く見られますが、本作も正にその典型作、生ぶ茎ならば、間違いなく重要刀剣でしょう。
 兎にも角にも、何とも立派で魅力的な栗原信秀、師清麿に勝るとも劣らない技量を存分に示した会心作、これは自信を持って強くお薦め致します。
















【売約済】 商品番号:N-626 刀 平信秀(栗原信秀) 文久二二年二月日(一八六四) 特別保存刀剣鑑定書付き

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