刀 筑州柳川住鬼塚吉国
(ちくしゅうやながわじゅうおにづかよしくに)


Katana:Chikusyu Yanagawaju Onizuka Yoshikuni



新刀・筑後 江戸前期
保存刀剣鑑定書付き




刃長:72.7(二尺四寸弱) 反り:1.6 元幅:3.16
先幅:2.11 元重ね:0.76 先重ね:0.55 穴2




鎬造り、鎬高く庵棟尋常、中切っ先やや鋭角に延び心。 鍛え、小板目に小杢目を交えて総体的に良く詰み、所々肌立ち、地沸微塵に厚く付き、地景繁く入り、地鉄概ね精良。 刃文、広直刃湾れ調で、刃縁沸匂い深く明るく冴え、刃中小互の目足、丁子足、葉入り、太い沸筋掛かる。 帽子、湾れ込んで焼き深く、先小丸に返る。 茎生ぶ、先浅い栗尻、鑢浅い勝手下り。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨(細かな刃アタリ、ヒケ有り)。 白鞘入り。  



【コメント】
鬼塚吉国は、天正二年(一五七四)、陸奥国棚倉、現在の福島県東白川郡棚倉町(たなぐらまち)に生まれ、初めは地元で鍛刀しました。その頃この棚倉藩を治めていたのは、『関ヶ原の戦い』の後に国替えされていた立花宗茂でしたが、『大坂夏の陣』の功績により、元和六年(一六二〇)、旧領筑後国柳川藩主として返り咲くことを許されました。その際に、地元で業物鍛冶として有名だった吉国は、立花家にその鍛刀技術を買われ、柳川に移り住み鍛刀しました。
寛永十四年(一六三七)、『島原の乱』が勃発、九州全藩がその鎮静のために参戦するという大規模な内乱となります。吉国は柳川藩士、久留米藩士の求めに応じて数多く作刀、実戦に於いて吉国刀の凄まじい斬れ味が実証された結果、『柳川に鬼塚吉国あり』とその名を天下に知らしめました。
年紀作はほとんど見られませんが、『寛永十七年八月』年紀の作が僅かに残されており、活躍期は寛永から慶安頃としています。
肥前忠吉に近い直刃調の作風を得意とし、銘は『鬼塚吉国』、『筑州柳川住鬼塚吉国』などと切ります。
本作は寸法二尺四寸弱、切っ先やや鋭角に延び心、身幅重ね共にしっかりとした造り込みで、手持ちズシッとくる地刃健やかな一振りです。年紀はありませんが、寛永末年から正保頃の作と鑑せられます。
一見茎が磨り上げのような感じもしますが、上が生ぶ穴、刃区したから焼き出しがありますので、茎は生ぶです。同工の場合、長銘に切った時には、下が詰まったような感じになります。
広直刃湾れ調の焼き刃は、刃縁沸匂い深く明るく冴え、刃中小互の目足、丁子足、葉入り、太い沸筋掛かるなど、同工の一作風を良く示しています。
裏のハバキ上刃中に鍛え肌もありますが、刃縁の深み、働きにも趣があって見応えのある一振り、『島原の乱』では、あの天草四郎もその斬れ味と破壊力に驚愕した吉国刀です。
















商品番号:O-237 刀 筑州柳川住鬼塚吉国 保存刀剣鑑定書付き

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