刀 天田昭次作之
(あまたあきつぐこれをつくる)
昭和二二十二二己酉歳弥生吉祥日
(昭和四十四年)(一九六九)
彫仙寿(柳村仙寿)(無鑑査)


Katana:Amata Akitsugu



現代・新潟
人間国宝




刃長:74.0(二尺四寸四分強) 反り:1.9 元幅:3.58
先幅:2.51 元重ね:0.81 先重ね:0.62 穴1




鎬造り、鎬高め庵棟低目、中切っ先、表に孕み龍(行の倶利伽羅)、裏に重ね梵字の彫り。 鍛え、小板目肌良く詰み、所々柾掛かって肌立ち、地沸付き、地鉄良好。 刃文、互の目丁子乱れ主体で、刃縁明るく冴え、刃中柔らかな丁子足が繁く入る。 帽子、乱れ込んで、先小丸に返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢筋違い。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。



【コメント】
天田昭次は、昭和二年、新潟県北蒲原郡本多村(現新発田市本田)生まれ、九歳の時に、父天田貞吉と死別、昭和十五年には上京し、日本刀鍛錬伝習所にて、栗原彦三郎の門人となります。この時兄弟子には、宮入昭平(行平)がいました。昭和三十年代に入ると頭角を現し、新作刀展では、毎年優秀賞を受賞しましたが、これからという昭和三十五年、三十三歳の頃に大病を患い、復活まで八年掛かりました。昭和四十三年、鍛刀を再開するに当たって、新発田市月岡の温泉街の外れに、自宅兼鍛刀場、『豊月山(ほうげつさん)鍛刀場』を構えました。昭和四十七年には無鑑査、昭和五十二年、六十年、平成八年に、刀剣界の最高賞である『正宗賞』を三度受賞、同賞三度受賞は、隅谷正峯、大隅俊平に次いで三例目ですが、山城伝、相州伝、備前伝と、全て異なる作風で受賞したのは昭次のみです。平成九年、人間国宝となり、平成二十五年、八十五歳にて没。
本作は、昭和四十四年、同工四十二歳の頃の作、前述の通り、大病から完全復活を遂げ、快進撃が始まった頃の会心作です。
鎌倉中期の一文字太刀を狙った一振り、匂い深い互の目丁子乱れ刃は、鎬に掛かる程放胆で華やかであり、精緻な地鉄と共に、地刃の冴えは、同工最上の物と言えるでしょう。
腰元の彫りは、無鑑査柳村仙寿の真骨頂とも言える孕(はら)み龍、細部に到るまで精緻な鏨運びで狂いなく仕上げています。
仙寿は、柳村重信と言い、昭和二十年、姫路の生まれで、昭和四十七年、苔口仙に弟子入りしました。平成七年に岡山の重要無形文化財、平成九年には無鑑査に認定、現代刀身彫刻の最高峰と呼ばれる名人でしたが、平成三十年四月(二〇一八)、七十三歳で亡くなっています。
孕み龍とは、鎌倉期から南北朝期に多く用いられた意匠で、剣巻き龍の腹が、風を受ける帆の如く膨れていることに由来しており、『行の倶利伽羅』とも呼びます。長船景光、兼光の太刀、短刀にもまま見られる彫りで、本作の孕み龍と梵字の組み合わせは、長船景光の最高傑作、国宝『小龍景光』の表裏腰元から茎に残されている彫りと全く同じ意匠、仙寿はこれに倣ったものと思われます。この彫り物は、作刀当時のものではなく、平成に入ってからの作、おそらくは、両名が人間国宝、無鑑査に認定された、平成九年前後の作かと思われます。
今は亡き、人間国宝天田昭次、無鑑査柳村仙寿による渾身の合作刀、見る者を感動させる珠玉の逸品、両名の代表作とも成り得る名品です。






















商品番号:P-595 刀 天田昭次作之 昭和二二十二二己酉歳弥生吉祥日(昭和四十四年)(一九六九) 人間国宝 彫仙寿(柳村仙寿)(無鑑査)

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