刀 無銘(伝来国行)
(でんらいくにゆき)
Katana:Mumei(Den Rai Kuniyuki)
古刀・山城 鎌倉中期 最上作
特別保存刀剣鑑定書付き
寒山先生鞘書き有り

刃長:70.8(二尺三寸四分弱) 反り:2.3 元幅:2.94
先幅:1.66 元重ね:0.71 先重ね:0.36 穴2


【コメント】
山城国では、鎌倉初期より鎌倉後期に掛けて粟田口派が栄えましたが、鎌倉中期頃より、それに入れ替わる形で登場したのが来派であり、以降南北朝期に掛けて大いに活躍しました。
古伝書等では、その開祖として国吉の名を挙げていますが、在銘正真確実な現存作が皆無であるため、国吉の子と伝わる国行を事実上の祖とするのが、現在の通説となっています。
国行は、同派の棟梁として、国宝一口、重要文化財十五口、重要美術品十一口を数える名工で、年紀作は皆無ですが、その子とされる国俊に、弘安元年(一二七八)の作があることから、その活躍期は、通説鎌倉中期の康元(一二五六~五七)頃とされています。
作風は、身幅尋常か、やや広め、元先身幅の差が少ない太刀姿が大半で、反りは、京(輪)反りを基本としています。帽子は、中切っ先か小切っ先で、詰まって猪首風となるのが大半、地鉄は、小板目詰んだものに加えて、板目が大模様に現れる場合もあり、肌立ち気味で、地沸厚く付いて、沸映りが立ちます。端正な直刃はまずなく、焼き幅広めの直湾れ調で、小丁子、京逆足、小互の目、角張る刃、小乱れを交えます。初期には、丁子が密に詰まった華やかな作も見られます。
本作は、大磨り上げ無銘ながら、『伝来国行』と極められた典雅な一振りです。
寸法二尺三寸四分弱、やや小切っ先に詰まり、京反り深めに付くなど、鎌倉期に於ける来派の太刀姿を良く示しています。
小板目に板目、杢目、流れ肌を交えて肌立つ地鉄は、地色やや黒み勝ちで、地斑風の沸映り立ち、直湾れ調の刃取りで、小丁子、小互の目、小乱れを交えた刃は、焼きの間隔詰まり気味となり、刃中京逆足、小足、葉良く入り、繊細な金筋、砂流し掛かる出来です。
姿、地刃の出来からして、来国行の極めは正に妥当、特に刃中の働きは豊富で、変化に富んで見所多く、且つ京物としての品格も備わっています。
地に少し鍛え肌等もありますが、刃は総体的に健全、寸法十分、来派を好まれる方は見逃せません。

