短刀 来国俊
(らいくにとし)
Tanto:Rai Kunitoshi
古刀・山城 鎌倉末期 最上作
第二十三回重要刀剣指定品(昭和五十年)(一九七五)
寒山先生鞘書き有り

刃長:24.8(八寸二分弱) 反り:内反り 元幅:2.08 元重ね:0.57 穴2
【コメント】
来国俊の重要刀剣短刀、同派最高峰鍛冶の典型作、鎌倉末葉の格調高き名品です。
来国俊は、国行の子として仁治二年(一二四一)に生まれ、同派中最初に『来』の字を冠した刀工で、以後皆がこれに倣いました。
古来より来国俊は、銘に『来』を冠しない『二字国俊』との関係に付いて、その作風等の違いから、同人説と別人説が論じられてきましたが、近年の重要図譜でも『両者の製作年紀を合わせると、弘安元年(一二七八年)から元亨元年(一三二一年)までの約四十年となり、一人の刀工による作刀期間と考えても、決して無理な年数ではない。』としており、現在は二字国俊を前期、来国俊を後期とする同人説が有力視されています。
二字国俊時代の作を合わせると、国宝五口、重要文化財十八口、重要美術品三十七口を数えますが、これは勿論同派中最多であり、名実共に同派の最高峰と言えるでしょう。
作風は、二字国俊が国行を思わせる身幅しっかりとして、猪首切っ先の勇壮な姿に、京丁子の目立つ華やかな乱れ刃を焼くのに対して、来国俊は小切っ先で細身、若しくは中切っ先で尋常な姿に、直刃、直刃調に小模様の乱れを交えた温和な出来が多く見られます。
また国俊は、ほぼ同時代の粟田口国吉、藤四郎吉光、新藤五国光らと並び立つ短刀の名手としても名高く、数々の名作を残しています。
本作は、昭和五十年(一九七五)、第二十三回の重要刀剣に指定された在銘短刀です。
寸法八寸二分弱、三つ棟で内反り付いた上品なスタイルは、鎌倉末葉に於ける、格調高い短刀姿が存分に示されています。
年紀はありませんが、その銘振り等から、文保(一三一七~一九)、元応(一三一九~二一)頃の作と鑑せられます。
小板目に板目交じりの地鉄は、総体的に流れ心で肌立ち、地色やや黒み勝ちで沸映り立ち、細直刃調の刃は、細かなほつれ、喰違刃を交え、刃縁小沸付いて匂い深く明るく冴え、刃中金筋が掛かっており、元から先まで染みるような箇所もありません。
在銘品でありながら、刃がこの程度健全な作は中々見ないです。
来派筆頭鍛冶及び短刀名人としての実力を存分に示した逸品、見過ごせない来国俊です。



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