脇差し
備前国住長船七兵衛尉祐定同源左衛門祐定(兄弟合作)
(びぜんのくにじゅうおさふねしちべいのじょうすけさだ
どうげんざえもんすけさだ)
明暦三年八月日(一六五七)
Wakizashi:Bizennokuniju Osafune Shichibeinojo Sukesada Genzaemon Sukesada
新刀・備前 江戸前期 業物
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:51.0(一尺六寸八分強) 反り:1.6 元幅:3.04
先幅:2.11 元重ね:0.73 先重ね:0.57 穴1
鎬造り、鎬高め庵棟低い、中切っ先。 鍛え、小板目肌やや沈み勝ちに詰み、所々流れて肌立ち、地沸厚く付き、地景入り、地鉄良好。 刃文、広直刃調で、刃縁匂い勝ちに明るく締まり、刃中小足、小互の目足、葉良く入る。 帽子、直調で焼き深く、先小丸風に長く焼き下げる。 茎生ぶ、先栗尻、鑢浅い勝手下がり。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
【コメント】
横山七兵衛尉祐定は、天正五年生まれ、藤四郎祐定の嫡男で、横山祐定家の二代目に当たります。弟に源左衛門尉(三男)、宗左衛門尉(四男)がおり、稀に合作や三人合作も現存しています。横山祐定家は、天正頃の藤四郎祐定に始まり、以降七兵衛尉、上野大掾、大和大掾と続きます。また同工は、末備前の名工、与三左衛門尉祐定から数えて五代目の子孫に当たります。
活躍期は、元和から寛文頃まで、かなりの長寿であり、延宝二年、九十八歳にて没と云います。
作風は、伝統的な備前伝を踏襲、小板目の詰んだ綺麗な地鉄に、互の目丁子乱れを得意とし、稀に直刃も見られます。
本作は、大変稀少な俗名年紀入り合作脇差し、明暦三年は、同工八十一歳の頃、前述したように、源左衛門祐定は三番目の弟です。
寸法一尺六寸八分強、身幅、重ねガシッとしたスタイルで、地刃健全です。
出来は、末備前風の典型的な広直刃、刃縁が明るくピーンと締まり、刃中小足、小互の目足、葉が良く入っています。
これまで七兵衛尉の作では、寛文年紀は何振りか掲載しましたが、明暦は初、弟との合作も勿論初です。
大きな疵なく、茎も生ぶで状態良く穴一つ、銘も鮮明、これは資料的な価値もすこぶる高い佳品です。




