大脇差し 山城守藤原国包(二代)
(やましろのかみふじわらのくにかね)
Ohwakizashi:Yamashironokami Fujiwarano Kunikane
新刀・陸奥 江戸前期 良業物 拵え入り
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:57.0(一尺八寸八分強) 反り:1.1 元幅:3.00
先幅:2.04 元重ね:0.66 先重ね:0.46 穴1
鎬造り、鎬高め庵棟低め、中切っ先やや詰まる。 鍛え、柾肌が流れて良く詰み、地沸を微塵に厚く付き、一部柾割れ交じり、地景繁く入り、地鉄概ね精良。 刃文、湾れに互の目交じりで、刃縁荒沸付いて匂い深く明るく冴え、湯走り掛かり、刃中太い金筋、砂流し頻りに掛かる。 帽子、直調で沸付き、先掃き掛け僅かに返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢大筋違いで僅かに化粧掛かる。 銅に金着せ菊花ハバキ。 時代研磨。
脇差拵え(全長79 江戸後期 鞘 黒の呂鞘 小柄欠 柄 鮫に黒柄巻き 縁頭、赤銅石目地高彫金色絵、龍図 目貫、赤銅容彫金色絵、美濃亀図 鍔 鉄地丸形鋤出彫、金布目象嵌 土手耳、銭模様図)入り。
【コメント】
二代国包は、本郷吉右衛門と言い、慶長十七年、初代山城大掾国包の嫡子として生まれました。正保二年に家督を相続、寛文四年に初代が没すると、寛文七年に『山城守』を受領、寛文十二年、六十一歳で没。
作風は、初代同様一貫して大和保昌柾目鍛え、焼き刃は直調、湾れ調で、刃縁良くに二重刃、食違い刃、ほつれ、打ちのけ、砂流し掛かる出来を本位とし、特に初二代は、刃区から水影の立つ手癖もまま見られます。
銘振りは、受領前は『奥州仙台住藤原国包』、受領後は『山城守藤原国包』が大半です。 本作は、寸法一尺八寸八分強の大脇差し、切っ先やや詰まって反り浅めに付いた典型的な寛文新刀スタイルです。
銘振りから、『山城守』受領後間もない、寛文七、八年頃の作と鑑せられます。
綺麗な柾肌が流れる精良な地鉄は、地沸を微塵に厚く付き、一部柾割れ交じり、湾れに互の目交じりの刃は、刃縁荒沸付いて匂い深く明るく冴え、湯走り掛かり、刃中太い金筋、砂流し頻りに掛かるなど、仙台国包らしい典型的な出来映えを示した佳品です。
茎に少し荒れている所もありますが、生ぶで穴一つ、大きな疵なく、昭和二十六年の古い登録証は、地元宮城県登録の第『四六五』号です。





