刀 (太刀銘)次郎太郎直勝
(じろうたろうなおかつ)
天保己亥年春二月日(天保十年)(一八三九)
Katana:Jirotaro Naokatsu
新々刀・武蔵 江戸末期
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:70.3(二尺三寸二分) 反り:1.9 元幅:3.24
先幅:2.17 元重ね:0.79 先重ね:0.56 穴1
鎬造り、鎬高く庵棟低い、中切っ先。 表裏共に棒樋をハバキ下で掻き流す。 鍛え、小板目肌沈み勝ちに良く詰み、細かな流れ肌上品に肌立ち、地沸付き、細かな飛び焼き僅かに掛かり、地鉄精良。 刃文、互の目丁子乱れ主体で、小互の目、尖り風の刃、やや角ばった刃を交え、所々僅かに逆掛かり、刃縁小沸付いて明るく締まり、刃中葉、丁子足長く頻りに入り、金筋、砂流し掛かる。 帽子、乱れ込んで先掃き掛け返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢化粧大筋違い。 銅ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
打ち刀拵え(全長101 柄長26 幕末期 鞘 黒の呂塗 下げ緒、薄緑に卯の花、変わり組 柄 親鮫に黒柄巻き 縁、赤銅研磨地、無文 頭角 目貫、赤銅容彫色絵、犬と人物図 鍔 鉄研磨地海鼠透、海鼠の中に菊、桐肉彫透)付き。
【コメント】
直勝は、文化二年生まれ、大慶直胤門人で、後に養子となり、上州館林(現群馬県館林市)の秋元家に仕え、江戸下谷、後に神田佐久間町にて鍛刀したと伝えられています。また越後でも鍛刀したと云います。初め『上総(かずさ)次郎』と銘じたと云い、天保四、五年頃から『次郎太郎』と銘じています。一門に於いては、師に次ぐ実力者、師同様に備前伝と相州伝を得意としました。
年紀作に見る活躍期は、文政三年から安政五年まで、同年七月、五十四歳没、師が没した翌年に当たります。
銘は、『上総次郎直勝』、『荘司次郎藤直勝』、『次郎太郎直勝』、『荘司次郎太郎藤原直勝』などと切ります。
本作は、天保十年、同工三十五歳の頃、真骨頂とも言える備前伝の会心作です。
寸法二尺三寸二分、反りやや深め、太刀風の美しい姿です。
小板目肌が沈み勝ちに良く詰んだ精良な地鉄、互の目丁子乱れ主体の刃は、小互の目、尖り風の刃、やや角張った刃を交え、所々僅かに逆掛かり、刃縁明るく締まり、刃中葉、丁子足長く頻りに入り、金筋、砂流し掛かるなど、同工備前伝の典型とも言える作域を示しています。また差し込み風の研ぎで刃形がはっきりと分かり、地刃も良く冴えています。
荘司次郎太郎直勝、壮年期の自信作、地刃健全、特に欠点はありません。




