刀 伯耆守平朝臣正幸
(ほうきのかみたいらのあそんまさゆき)
寛政九年巳二月(一七九七)
Katana:Hokinokami Tairano Ason Masayuki
新々刀・薩摩 江戸後期
特別保存刀剣鑑定書付き
寒山先生鞘書き有り

刃長:76.9(二尺五寸四分弱) 反り:2.4 元幅:3.24
先幅:2.24 元重ね:0.74 先重ね:0.55 穴1
鎬造り、鎬尋常庵棟低め、中切っ先やや延び心。 鍛え、板目流れ心で上品に肌立ち、地沸微塵に厚く付き、地景繁く入り、地鉄概ね精良。 刃文、互の目乱れ主体に、小互の目、丁子風の刃、尖り風の刃を交え、刃縁荒沸付いて締まり気味となり、刃中互の目足繁く入り、太い金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ込んで焼き深く、良く沸付いて、先掃き掛け僅かに返る。 茎生ぶ、先入山形、鑢勝手上り。 銅に金着せハバキ。 時代研磨(小サビ有り)。 白鞘入り。
【コメント】
正幸は、享保十八年、二代伊地知正良の子として生まれ、父の跡を継いで三代正良を襲名、寛政元年に伯耆守を受領した際に、正良銘を嫡子へ譲り、正幸と改めました。
年紀作に見る活躍期は、明和初年(一七六四~七二)から文化末年(一八〇四~一八)頃まで、文政元年に八十六歳で没。奥元平と共に新々刀薩摩鍛冶の双璧を成す名工です。
同工の作は、切っ先延び心で、身幅重ねのガシッとした頑丈な造り込みのものが多く、刃文は、湾れに互の目、尖り風の刃を交えて、匂い深く、荒沸付き、金筋、砂流し掛かるなど、美濃相州伝とも言うべき、志津風の作風を得意としています。
銘は『薩州住正良』、『薩摩官工平正良』、『伯耆守平朝臣正幸』などと切ります。
本作は、寛政九年、同工六十五歳の頃の作、寸法二尺五寸四分弱、切っ先延び心で反り深めに付いた勇壮な太刀風のスタイル、地刃健全でズシッと重いです。
板目流れ心に良く鍛えられた地鉄は、地沸微塵に厚く付き、地景繁く入り、互の目乱れ主体の刃は、小互の目、丁子風の刃、尖り風の刃を交え、刃縁荒沸付いて締まり気味となり、刃中互の目足繁く入り、太い金筋、砂流しが掛かっています。
流れ心の肌、所々互の目が尖ったいかつい刃を交えた地刃は、薩摩新々刀特有で、美濃相州伝とも呼ばれます。
また長尺で力感溢れる雄渾な造り込みは、元平よりも正幸に多く見られる作域です。
寒山先生鞘書きにも、『出来見事也。』とあるように、特に欠点はありません。同工六十代の円熟期に於ける自信作です。




