刀 津田近江守助直
(つだおうみのかみすけなお)
貞享五年八月日(一六八八)
Katana:Tsuda Ouminokami Sukenao
新刀・摂津 江戸前期 良業物 拵え付き
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:61.6(二尺三分強) 反り:1.6 元幅:3.01
先幅:1.90 元重ね:0.66 先重ね:0.50 穴1
鎬造り、鎬高め庵棟尋常、中切っ先。 鍛え、小板目肌やや沈み勝ちに詰み、地沸良く付き、地景入り、地鉄良好。 刃文、互の目乱れを主体に、小互の目、片落ち風の互の目を交えて濤瀾風となり、刃縁良く沸付いて匂い深く明るく冴え、刃中互の目足入り、所々太い沸筋掛かる。 帽子、湾れ調で焼き深く良く沸付き、先僅かに掃き掛け返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢大筋違い。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
半太刀拵え(全長97.5 柄長22.5 幕末期 鞘 赤茶の呂塗 こじり、足金物、鯉口は赤銅研磨地無文 太刀緒、藍色の麻糸 柄 鮫に緑柄巻き 縁頭、赤銅魚子地縁金色絵 目貫、赤銅容彫色絵、恵比寿弁財天図 鍔 鉄地葵形猪の目透 無文)付き。
【コメント】
助直は、寛永十六年、近江国高木(現滋賀県野洲市高木)に生まれ、後に摂津へ出て、晩年の初代助廣門下に入り、二歳年上の二代助廣と共に初代を助けました。後に妹婿になったと伝えています。自らが独立すると、一旦高木へ帰りましたが、天和二年三月に、二代助廣が急逝すると、摂津へ戻りました。寛文九年、『近江守』を受領、年紀作に見る活躍期は、寛文八年から五十五歳になる元禄六年までで、正確な没年は不明です。
銘振りは、最初『近江国住助直』、受領後は『近江守助直』、『近江守高木住助直』などと切りますが、天和二年三月、二代助廣急逝後、同年八月からは、『津田近江守助直』とのみ切り、助廣と同様、丸津田風の書体となります。津田姓を冠するのは、助廣一門の棟梁の証、助直が名実共に一門の棟梁になったことを示しています。またこれ以降、『高木住』と添えた銘が見られないことは、それまで摂津と高木を往来していた助直が、摂津に定住したことを意味しています。
作風は、師伝の濤瀾乱れを継承しており、師に迫る作もまま見られます。
本作は、貞享五年(一六八八)、同工五十歳の頃の作、いわゆる『丸津田』銘の華やかな濤瀾風互の目乱れの佳品、二尺三分強の寸法、姿からして、小太刀風の特注品です。
互の目乱れを主体の刃は、小互の目、片落ち風の互の目を交えて濤瀾風となり、刃縁明るく冴え、刃中互の目足入り、所々太い沸筋掛かる出来です。
地に少し鍛え肌もありますが、一派の棟梁として活躍していた頃の一振り、幕末期の半太刀拵え付き、円熟の技が光る『丸津田』銘助直です。




