脇差し(片手打ち打刀)
備前国住長船(以下折返)宗光(左京進)
(びぜんのくにじゅうおさふねむねみつ)
明応六(以下切)(一四九七)
Wakizashi:Bizennokuniju Osafune Munemitsu
古刀・備前 室町後期 良業物 太刀拵え付き
保存刀剣鑑定書付き

刃長:55.4(一尺八寸三分弱) 反り:1.7 元幅:2.80
先幅:1.75 元重ね:0.57 先重ね:0.41 穴2
鎬造り、鎬尋常庵棟低い、中切っ先。 鍛え、板目に杢目を交えて詰み、所々流れて強く肌立ち、地沸厚く付き、地景入り、地鉄良好。 刃文、湾れ調で、刃縁小沸付いて締まり、細かな飛び焼き、ほつれ、二重刃掛かり、刃中葉、小足繁く入り、金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ込んで焼き深く、ほぼ一枚となり、長く返る。 茎磨り上げて折返し、先切り、鑢浅い勝手下がり。 銅に金鍍金ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
太刀拵え(全長95 柄長24 幕末期 鞘 金茶梨地 金具類同作同図、赤銅研磨地、毛彫、金平象嵌、桔梗花図 足間、金地錦布、渡り巻き焦げ茶 太鼓革、裏革深緑 太鼓金、素銅地菊紋図 太刀緒、卯の花、薄紅色、黒、薄緑の上亀甲 柄 金地錦布に焦げ茶巻き 目貫、真鍮容彫金色絵、珠追い龍図 鍔 真鍮地、赤銅大切羽、無文の太刀鍔)付き。
【コメント】
本作は、寸法一尺八寸三分弱、現在は二寸程磨り上げられて折返銘となっていますが、元来は寸法二尺一寸程で、寸が詰まって先反り付き、茎が短いスタイルから、片手打ち打刀であった作です。
俗名はありませんが、その銘振り、年紀からして、左京進宗光で間違いありません。
左京進宗光は、六郎左衛門尉祐光の次男で、永享九年生まれ、右京亮勝光とは二歳違いの弟と云われています。
作刀は、文明頃から大永頃まで五十年以上に及び、足利九代将軍義尚(よしひさ)、その足利家に仕えた赤松政則の配下として、備前児島、備中草壁でも鍛刀し、実際に合戦にも加わったと伝えられています。また、兄勝光との合作刀も多く残しており、兄没後は、その嫡子である次郎左衛門尉勝光を助けて鍛刀しました。
明応六年は、同工六十一歳の頃の作、焼き幅に広狭のある湾れ調の刃は、刃縁に細かな飛び焼き、ほつれ、二重刃掛かり、刃中葉、小足繁く入り、金筋、砂流し掛かるなど、刃縁、刃中共に良く働いています。帽子も焼き深く、ほぼ一枚となって長く返るなど、少し地に緩みもありますが、地刃健全です。
末備前代表工の高い技量を窺い知ることが出来る佳品、幕末期の太刀拵え付きです。




