脇差し 津田越前守助廣(角津田銘)
(つだえちぜんのかみすけひろ)
寛文十年二月日(一六七〇)
Wakizashi:Tsuda Echizennokami Sukehiro
新刀・摂津 江戸前期 最上作 大業物
特別保存刀剣鑑定書及び特別貴重刀剣認定書付き
『越前守助廣大鑑』所載品

刃長:51.8(一尺七寸一分弱) 反り:1.2 元幅:3.26
先幅:2.25 元重ね:0.68 先重ね:0.59 穴2(内1埋)
鎬造り、鎬低め庵棟尋常、中切っ先。 表裏共に棒樋をハバキ上で丸留める。 鍛え、小板目肌良く詰み、地沸微塵に厚く付き、細かな地景繁く入り、地鉄精良。 刃文、焼き幅広い湾れ調で、刃縁良く沸付いて匂い一際深く明るく冴え、刃中葉、小足、小互の目足入り、金筋、砂流し掛かる。 帽子、湾れ調で沸付き、先小丸に返る。 茎生ぶ、先入山形、鑢化粧大筋違い(香包鑢)。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
【コメント】
二代助廣は、寛永十四年、現在の兵庫県芦屋市に生まれ、大坂に出て初代助廣の門人となり、後に養子となって二代助廣を襲名、寛文七年、大坂城代青山因幡守宗俊の抱え鍛冶となりました。井上真改と双璧を成す大坂新刀鍛冶の最高峰です。
作刀期間は、承応二年から天和二年までの三十年余り、銘の変遷としては、最初は基本『越前守助廣』銘、寛文七年二月からは、『津田越前守助廣』銘、いわゆる『角津田』銘、延宝二年二月以降、天和二年正月までは、草書風の『丸津田』銘となります。同年三月、四十六歳で急逝。
本作は、寛文十年、同工三十四歳の作、いわゆる『角津田』銘の地刃良く冴えた会心作で、『越前守助廣大鑑』所載品です。
寸法一尺七寸一分弱、反りやや浅めに付いた典型的な寛文新刀脇差し、身幅しっかりとして地刃も健全です。
小板目肌極めて良く詰んだ精良な地鉄は、地沸微塵に厚く付き、細かな地景繁く入り、焼き幅広い湾れ調の刃は、刃縁良く沸付いて匂い一際深く明るく冴え、刃中葉、小足、小互の目足入り、金筋、砂流し掛かるなど、素晴らしい出来映えです。これで寸法が二尺四寸もあれば、重要刀剣候補筆頭になるでしょう。
大鑑にも、『作技の安定期に進み、地刃の出来優れ、真改に紛れる作風である。』とあるように、出来だけ見れば、正に真改風です。
助廣の真改写しとなれば、大変珍しいですが、両者には、その関係性を示す有名な合作刀が二振りあります。
一つは、刀で特別重要刀剣指定品、銘は、『津田越前守助廣 延宝三年二月日 井上真改 延宝三年二月日』、もう一つは、脇差しで年紀はありませんが、本作と同様、寛文十年頃の作、銘は、『津田越前守助廣 (菊紋)井上和泉守国貞』です。
当時ではあり得なかった合作刀は、助廣の抱え主である青山宗俊の力添えによるものが大きく、六歳下の助廣が、共に表銘であることも大変興味深いものがあります。このような関係性から、本作は、助廣が真改に倣ったものと考えられます。
昭和二十六年の古い登録証は兵庫県登録、角津田銘年紀入り、特に欠点はありません。同工の高い技量が存分に示された名品、確実に押さえて下さい。





