刀 (太刀銘)正国六十三代孫波平住大和守平朝臣行安
(まさくにろくじゅうさんだいまごなみのひらじゅう
やまとのかみたいらのあそんゆきやす)
慶応三年卯八月日(一八六七) 橋口十次郎平良辰
Katana:Masakuni Rokujusandaimago Naminohiraju Tairano Ason Yukiyasu
新々刀・薩摩 江戸最末期
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:72.4(二尺三寸九分弱) 反り:1.2 元幅:3.29
先幅:2.19 元重ね:0.83 先重ね:0.65 穴1
鎬造り、鎬高く庵棟低い、中切っ先やや詰まり気味。 鍛え、小板目やや沈み勝ちに良く詰んで細やかな柾肌流れ、地沸良く付き、地景入り、地鉄概ね精良。 刃文、細直刃湾れ調で僅かに小互の目交じり、刃縁匂い勝ちで所々荒沸付き、ほつれ、打ちのけ、喰違刃、二重刃風の沸筋掛かり、刃中小足、葉、小互の目入る。 帽子、直調で先大丸風に返る。 茎生ぶ、先栗尻、鑢檜垣。 銅に金鍍金ハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
【コメント】
波平一派は、平安後期とも伝わる初祖正国以降、幕末明治期の六十四代安行まで、九百年もの長きに渡って、その命脈を保ち続けた大和系鍛冶です。正国以降、行安、安行を嫡流的に継承し、一門の多くが『安』、『行』を通字としています。中でも波平行安は、『波平らかにして、行くこと安らか』とも読めることから、古来より水軍、近代では海軍軍人に好まれました。
本工は、同派正系六十三代目を継承した行安の佳品、茎の所持者銘、地刃の出来からして、注文打ち入念作と鑑せられます。
六十二代安利の子で、文化七年生まれ、勘之丞と称し、安政五年に『大和介』を受領、慶応元年に『大和守』へ転じています。行安としては最後の刀工、作は嘉永初年から明治初年頃まで、明治十五年、七十三歳で没しています。
本作は、慶応三年、同工五十八歳の作、鎬高く、身幅、重ねガシッとした頑健な造り込みで、地刃すこぶる健全、刀がズシッと重いです。
やや沈み心に良く詰んだ綺麗な地鉄は、細やかな柾肌流れ、細直刃湾れ調で僅かに小互の目交じりの刃は、刃縁匂い勝ちで所々荒沸付き、ほつれ、打ちのけ、喰違刃、二重刃風の沸筋掛かり、刃中小足、葉、小互の目足入るなど、派手な出来ではないですが、刃縁の細やかで多彩な働きは素晴らしいものがあります。
大和物お好きな方は是非、海の男ならずとも、一振り持ちたい波平行安です。



