脇差し 備州長(以下切)(長船元重)
(おさふねもとしげ)
延文六年(以下切)(一三六一)
Wakizashi:Bishu Osafune Motoshige
古刀・備前 南北朝中期 最上作 最上大業物
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:30.4(一尺強) 反り:僅か 元幅:2.69 元重ね:0.43 穴2
平造り、庵棟低い。 表裏共に棒樋と添え樋を掻き通す。 鍛え、小板目に板目、杢目を交え、所々流れ心に肌立ち、地沸良く付き、地斑状の映り立ち、地鉄概ね良好。 刃文、角張った互の目に小互の目を交え、刃縁匂い勝ちに小沸付いてやや沈み勝ちで所々潤み、刃中一部尖り足入る。 帽子、湾れ込んで、先尖り心に返る。 茎少し磨り上げ、先栗尻、鑢勝手下がり。 銅に金着せハバキ。 時代研磨。 白鞘入り。
【コメント】
元重は、長船鍛冶でありながら、兼光や長義とは系統を異にする刀工で、畠田守家の孫、守重(長船長光の娘婿)の子、重真の兄と伝わっており、最上大業物且つ『貞宗三哲』にもその名を連ねる名工です。
作刀期間は、鎌倉末期の正和(一三一二~一七)頃より、南北朝中期の貞治(一三六二~六八年)頃まで及んでいます。
作風は、直刃調で刃中角張る互の目が目立ち、互の目、丁子、片落ち風の刃を交えますが、総体的に逆掛かるのを基本とします。また刃縁から刃中に向かって足、葉が鋭角に入る『陰の尖り刃』は、特徴的な働きです。焼き刃、突き上げ風で尖り心となる帽子などは、同時期の青江鍛冶に近いものがありますが、肌質の違い、刃幅が総体的に広いなどの相違点が挙げられます。
本作は少し磨り上がっており、表は『備州長』、裏は『延文六年』で切れていますが、特別保存鑑定が付いており、『長船元重』と但し書きがあります。
寸法一尺強、僅かに先反りの付いた南北朝期の平脇差し、経年による研ぎ減りによって、所々刃が弱い箇所、鍛え肌等も少しありますが、角張った互の目が連なる点、刃中には前述した『陰の尖り刃』、帽子の先が尖って返る等々、元重の見所が随所に見られます。
古刀最上作、最上大業物鍛冶、元重の在銘年紀入りは中々お目に掛かりません。
