薙刀 （太刀銘）造大慶直胤（花押）
（たいけいなおたねつくる）
天保九年仲春（一八三八年）
ナニワ（刻印）
無雲生嶺上 有月落波心
Naginata:TaikeiNaotane
新々刀・武蔵（摂津） 江戸後期
最上作
特別保存鑑定書付き
刃長：53.8（一尺七寸八分弱） 反り：2.7 元幅：3.20 元重ね：0.86 穴1
薙刀造り、鎬高め庵棟低め。 鎬地の一部棟に掛けて削ぐ。 鍛え、板目、杢目に所々流れ心のある地鉄は、地沸厚く付き、細かに肌立ち、地景を交えて地鉄良好。 刃文、互の目乱れを主体とした焼き刃は、刃縁に大粒の荒沸付き、金筋、砂流しが烈しく掛かり、一部沸裂け状となり、匂い口明るく冴え渡る。 帽子、乱れ込んで先掃き掛け長く返る。 茎栗尻、鑢上半は化粧筋違い、下半はせん鋤。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代研磨充分。 白鞘入り。
【コメント】
大慶直胤、天保『ナニワ（大坂）打ち』、長義を思わせるような、南北朝期相伝備前薙刀写し、同工最良期に於ける渾身の意欲作です。
直胤は安永七年、出羽国山形に生まれ、荘司箕兵衛と言い、大慶と号しました。寛政十年頃、同郷の水心子正秀を頼って江戸へ出て、門下に入り、一頃は日本橋浜町、秋元家下屋敷内の正秀宅に、身を寄せています。文政初年頃に独立すると、日本橋堀江町、芝白銀町、下谷御徒町などに住し、師と同じく、秋元家に仕えました。文政四年には『筑前大掾』、嘉永元年には『美濃介』へと転じ、師の提唱した『復古造法論』を最も良く実践し、師に次いで多くの門人を輩出しました。源清麿、水心子正秀と並び『江戸三作』とも呼ばれ、五ヶ伝全てをこなし、山城の来、大和の保昌、備前の景光、相州の正宗、相伝備前の長義、美濃の志津写しなどの傑作が残されています。安政四年、七十九歳にて没。作は寛政末年ころから安政三年頃まで残されており、五十代を迎えた天保年間の頃より、諸国を旅しながら鍛刀しており、その駐槌地を茎に刻印した作が見られるようになります。駐槌地は、『東（江戸）』、『都（京都）』、『ナニワ（大坂）』、『イセ（伊勢）』、『イツ（伊豆）』、『ヒッチウ（備中）』、『サカミ（相模）』、『エンシウ（遠江浜松）』、『チハ（千葉）』等々、数十種類に渡り、この駐槌地刻印は、同工の代名詞でもあり、どれも希少価値の高いものです。
本作は天保九年、同工六十二歳の作、刻印からも分かるように、いわゆる『ナニワ（大坂）打ち』、長義を思わせるような相伝備前の傑作薙刀です。寸法一尺七寸八分弱、先が幅広で強く張り、反りの付いた南北朝薙刀の典型とも言える雄壮な造り込みで、板目、杢目に所々流れ心のある地鉄は、地沸厚く付き、細かに肌立ち、地景を交えて鉄が良く冴えて、互の目乱れを主体とした焼き刃は、刃縁に大粒の荒沸付き、金筋、砂流しが烈しく掛かり、一部沸裂け状となり、匂い口明るく冴えるなど、南北朝期に全盛を迎えていた相伝備前鍛冶、中でも長義風の覇気溢れる出来映えを示しています。天保年間は、同工に取っての最良期であり、重要刀剣指定品の内、大半が天保年間作となっています。
茎に『無雲生嶺上 有月落波心』の一節が刻してありますが、『雲の嶺上（れいじょう）に生ずること無くんば 月の波心（はしん）に落つる有り』とは、禅問答の一節で、禅僧より『仏法の真意とは何か』と問われた弟子が、このように答えたと云います。『雲が山の嶺の上に掛からなければ、いつでも水面に月が映って美しいものである。』の意で、雲は『迷い、煩悩』、月の光は『悟りの境地』というところでしょうか。その情景が脳裏に浮かんでくるような、美しい一節です。
『江戸三作』と称された名工、大慶直胤作、『天保ナニワ打ち』の長義写し薙刀、金着せ二重ハバキ、研ぎもスカッとして気持ちの良く、茎に刻まれた一節のように、心澄み渡るような地刃の美しさ、冴えを見せる優品です。
