脇差し 手柄山氏繁(四代)(手柄山正繁初期銘)
(てがらやまうじしげ)
Wakizashi:Tegarayama Ujishige
新々刀・播磨 江戸後期 拵え付き
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:46.7(一尺五寸四分強) 反り:1.1 元幅:3.10
先幅:2.30 元重ね:0.62 先重ね:0.49 穴1
脇差拵え(全長66.5 江戸後期 鞘 黒の呂変わり塗 小柄、赤銅石目地据紋象嵌金色絵、桐紋散らし図 下げ緒、黒 柄 親鮫に麻布柄巻き 縁頭、赤銅魚子地高彫、這龍図 目貫、赤銅容彫色絵、武者図 鍔 鉄地丸形肉彫透 僅かに金布目象嵌 格子に枝菊図)付き。
【コメント】
手柄山氏繁一派は、江戸期の播磨を代表する一派であり、その祖は大和大掾氏重になります。氏重は、常陸守宗重(越前守助廣門)門人で、同銘が三代続きましたが、三代氏重が、後年『氏繁』と改銘、これを氏繁初代とし、以後幕末まで六代続いています。四代氏繁が、後年『正繁』と改銘し、奥州白河藩工となった手柄山正繁です。
本作は、その銘振りから四代氏繁、前述した手柄山正繁初期銘に当たります。
正繁は、宝暦十年の生まれ、播州姫路工、二代氏繁の子で、三代氏繁の弟に当たり、初銘は『氏重』、後に四代目氏繁を襲名、天明八年、奥州白河藩主松平定信(楽翁公)の抱え鍛冶となり、江戸神田の松平下屋敷へ移住、『正繁』と改めました。享和三年に『甲斐守』を受領、晩年には入道して、丹霞斎と号しました。
津田越前守助廣に私淑した濤瀾風の大乱れを得意とし、新々刀期に於いては、同時代の水心子正秀、尾崎助隆らに勝るとも劣らない濤瀾刃の名手として名を馳せました。
年紀作に見る活躍期は、寛政元年から文政十三年まで、同年七十一歳没と云います。
銘振りは、『手柄山氏繁』、『奥州白川臣手柄山正繁』、『手柄山甲斐守正繁』、『甲斐守正繁入道丹霞斎』などと切ります。
本作は、氏繁銘なので天明八年以前の作、同工二十代半ば頃になります。
華やかな濤瀾風の大乱れの典型作、匂い深くふっくらとした焼き刃は、明るく冴えて、大きな疵なく、江戸期の外装付きです。
正繁の初期銘は中々出ません、コレクション価値も高い手柄山正繁です。





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