脇差し 来国行(無銘)
(らいくにゆき)
Wakizashi:Rai Kuniyuki(Mumei)
古刀・山城 鎌倉中期
最上作 拵え付き
特別保存刀剣鑑定書付き

刃長:44.9(一尺四寸八分強) 反り:1.1 元幅:2.64
先幅:1.96 元重ね:0.58 先重ね:0.39 穴1
脇差拵え(全長71.3 江戸後期 鞘 黒の呂鞘 小柄笄、赤銅魚子地高彫色絵、馬曳猿図 下げ緒、茶薄茶緑の模様 柄 親鮫に黒蛇腹巻き 縁、赤銅魚子地高彫色絵、梅の木に武者図 頭、角 目貫、赤銅容彫色絵、馬上猿図 鍔 赤銅魚子地木瓜形、高彫色絵、共覆輪 折鶴と烏賊の図)付き。
【コメント】
山城国では、鎌倉初期より鎌倉後期に掛けて粟田口派が栄えましたが、鎌倉中期頃より、それに入れ替わる形で登場したのが来派であり、以降南北朝期に掛けて大いに活躍しました。
古伝書等では、その開祖として国吉の名を挙げていますが、在銘正真確実な現存作が皆無であるため、国吉の子と伝わる国行を事実上の祖とするのが、現在の通説となっています。
国行に年紀作は皆無ですが、その子とされる国俊に弘安元年(一二七八)の作があることから、同工の活躍期は、通説鎌倉中期の康元(一二五六~五七)頃とされています。
作風は、地鉄は、小板目詰んだものに加えて、板目が大模様に現れる場合もあり、肌立ち気味で、地沸厚く付いて、沸映りが立ちます。端正な直刃はまずなく、焼き幅広めの直湾れ調で、小丁子、京逆足、小互の目、角張る刃、小乱れを交えます。初期には、丁子が密に詰まった華やかな作も見られます。
本作は、寸法一尺四寸八分強、京反りやや浅く付き、大磨り上げ無銘ながら、『来国行』と極められた鎌倉中期の上品な一振りです。
小板目に板目、杢目交じりで総じて良く詰んだ地鉄は、地沸微塵に厚く付き、広直刃湾れ調の刃取りで、小丁子、小互の目交じりの刃は、下半は雁股風の湯走り交じり、刃中京逆足、小足、小互の目足、葉頻りに入るなど、古調で豊富な刃中の働きが良く示されており、大きな疵なく、随所に国行の見所が示された佳品です。





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