刀 備前国長船兼光(無銘)
(びぜんのくにおさふねかねみつ)


Katana:Bizennokuni Osafune Kanemitsu



古刀・備前 南北朝中期
最上作 最上大業物
第二十回重要刀剣指定品

探山先生鞘書き有り




刃長:73.9(二尺四寸四分弱) 反り:2.1 元幅:3.20
先幅:2.32 元重ね:0.74 先重ね:0.56 穴4




 鎬造り、鎬尋常庵棟低め、中切っ先延びる。 表裏棒樋を掻き通す。 鍛え、板目に杢目を交えて地沸を厚く敷き、上品な肌立ちを見せる最上の備前鍛えは、 細かな地景が肌目に沿って働き、所々太い地景が波状に走り、互の目乱れ調の映りが見事に立ち、地鉄精良。 刃文、直刃仕立ての刃取りで、刃中片落ち互の目、角互の目を交えた焼き刃は、小沸付いて匂い深く、裏の中程は直調となり、葉、小足入り、匂い口沈み勝ちに締まる。 帽子、乱れ込んで先小丸に返る。 茎大磨り上げ、先栗尻、鑢勝手下り。 銅に金着せ二重ハバキ。 時代最上研磨。 白鞘入り



【コメント】
 長船兼光(無銘)の重要刀剣、古刀最上作にして最上大業物、健全さ、迫力、風格など全てに於いて、重要刀剣レベルを凌駕する感動的な一振り、紀州徳川家伝来品です。
 備前国は平安末期以降、他国を圧倒する数多の刀工を輩出、平安末期から鎌倉初期に掛けては古備前派、鎌倉初期から南北朝期に掛けては一文字派が栄えました。鎌倉中期に最盛期を迎えた福岡一文字と時代を前後するように、長船の地(現岡山県瀬戸内市長船町)に登場したのが長船一派であり、光忠を事実上の祖として、嫡流は長光、景光、兼光と続き、南北朝期を迎える頃には同派の礎は盤石なものとなり、室町期に掛けては他派をも吸収、更に拡大し、刀剣史上他に類を見ない最大流派へと成長を遂げました。古刀全体に占める備前物の割合が約六割、その内長船物が約七割と云われていますので、古刀中の四割以上が長船物であるという計算になります。
 兼光は景光の嫡男で孫左衛門と称し、長船正系四代目として備前伝の伝統を継承しつつ、『正宗十哲』にもその名が挙がるように、相州伝を巧みに取り入れた作風、いわゆる相伝備前鍛冶の祖として、長船長義と双璧を成す名工です。重要文化財に太刀十口、刀一口、短刀一口、重要美術品に太刀九口、刀四口、脇差し一口、短刀二口を数え そうそうたる長船鍛冶の中にあって、名実共に最高峰に位置します。
 年紀作に見る作刀期間は、鎌倉末期の元亨(一三二一~二四年)から南北朝中期の貞治(一三六二~六八年)までの四十五年余りですが、延文(一三五六~六一年)年間が同工の最晩年であり、貞治年紀の作は弟子政光の代銘になります。
 その作風、刀姿は、鎌倉末期から南北朝前期の康永(一三四二~四五年)頃までは、太刀、短刀共に姿尋常で、刃文は直刃調に互の目、角互の目、片落ち互の目を主体に焼き、総体的に刃が逆掛かるなど、父景光の技を踏襲した出来が多く見られます。それ以降、貞和(一三四五~五〇年)、観応(一三五〇~五二年)辺りからは太刀、短刀共に姿も大柄となり、それまで見られなかった湾れ主調の刃文も見られるようになります。
 このように兼光は南北朝期を境に変化を遂げた刀工であるため、古来より初二代説がありましたが、現在は一代長寿説が定説になっています。これは祖父長光や山城の来国俊が、前期と後期で華やかな乱れ主調の出来から、直刃調の穏やかな作風へ変化していったように、作者が長寿で作刀期間が長きに亘る場合、戦闘様式や流行など、時代の求めに応じて、その作風、姿が変化することは、何ら不思議なことではないと考えられているからです。確実な銘の世襲が行われるようになったのは、南北朝中期頃の京信国辺りからになります。
 また古来より最上大業物として、その斬れ味に於いても定評があり、『波遊ぎ』『水神斬り』『鉄砲斬り』『雷斬り』『兜割り』等々、斬れ味に因んだ号で呼ばれることも多々あります。
本作は大磨り上げ無銘ながら、長船兼光と極められた名品、重要刀剣図譜によると、紀州徳川家伝来品で、指定当時の昭和四十六年には、本阿弥光忠の折紙が付属していたとありますが、現在は紛失しています。
 寸法二尺四寸四分弱、中切っ先延び心でやや反り深めに付き、元先身幅の差が少ない雄渾な刀姿で、いわゆる「延文貞治型」と呼ばれる、南北朝中期の典型的なスタイルを示しています。樋が掻き通してありますが、手に取った時にズシッとした重みがあり、南北朝期の刀とは思い難い重厚感があります。 板目に杢目を交えて地沸を厚く敷き、上品な肌立ちを見せる最上の備前鍛えは、 細かな地景が肌目に沿って働き、所々太い地景が波状に走り、互の目乱れ調の映りが見事に立っています。直刃仕立ての刃取りで、刃中片落ち互の目、角互の目を交えた焼き刃は、小沸付いて匂い深く、裏の中程は直調となり、葉、小足入り、匂い口沈み勝ちに締まっています。地刃の鍛えの美しさには思わず唸るものがありますが、それと同時に、凄まじい物斬れを予感させる、身震いする程の緊張感も伝わってきます。
 図譜にある高津義家氏は、大正から昭和に掛けて、京都で時代劇全盛であった映画の小道具貸しを行った『(株)高津商会社長』で、『(財)高津古文化会館の初代館長』であった人物です。また刀剣類、甲冑、絵画、陶器等々、古美術品の収集家としても有名で、特に刀剣類に造詣が深く、日刀保の常務理事も務めたかなりの愛刀家でもあります。その目利きの人物が惚れ込んだ一振りですから、間違いのない名品であり、加えて徳川御三家である紀州徳川家の伝来品です。紀州徳川家は、『将軍家の後継ぎが途絶えた時は、尾張家か紀州家から養子を出す』との取り決めがあるくらい家格が高く、実際に七代将軍家継が早逝して将軍家が断絶すると、紀州徳川家から吉宗が養子として迎えられ、八代将軍の座に就きました。以降十四代家茂までは、紀州家の血筋が将軍を務めています。
 重要刀剣レベルを遥かに超越した地刃の出来、健全さ、一度ご覧頂ければお分かりになるかと思われますが、鞘から刀を抜いた瞬間に、特別重要刀剣ではないかと錯覚する程素晴らしい状態が保たれています。
 兎にも角にも、長船兼光後期晩年の最高傑作、紀州徳川家伝来品で高津義家氏の遺愛刀となれば、もう言うことはありません。これが備前鍛冶の最高峰、これは本当に楽しみな刀です。
























【売約済】商品番号:V-1689 刀 備前国長船兼光(無銘) 第二十回重要刀剣指定品 探山先生鞘書き有り

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