刀 (金象嵌)国安(粟田口)
(くにやす(あわたぐち))
本阿(花押)(本阿弥光忠)


Katana:Kuniyasu(Awataguchi)



古刀・山城 鎌倉初期 最上作
第二十七回重要刀剣指定品
薫山先生並びに探山先生鞘書き有り
『鑑刀日々抄』所載品




刃長:70.0(二尺三寸一分) 反り:1.6 元幅:2.81
先幅:1.65 元重ね:0.69 先重ね:0.40 穴4




 鎬造り、鎬高め庵棟低め、小切っ先。 鍛え、地沸を微塵に厚く敷き詰めた小板目肌は梨子地状を呈し、所々強く肌立って流れ、地景細やかに働き、ほのかに沸映り立ち、鉄色明るく、地鉄精良。 刃文、直湾れ調の焼き刃は、小乱れ、小丁子、小互の目を交え、刃縁に美しい沸が付き、刃中にはうねるような金筋掛かり、焼き頭には雁股風の刃交じり、匂い口潤み勝ちとなる。 帽子、直調で大丸風となり、先僅かに掃き掛け小丸に返る。 茎大磨り上げ、先切り、鑢筋違い。 銅に金着せハバキ。 時代最上研磨。 白鞘入り。



【コメント】
 粟田口国安(無銘)の重要刀剣、『後鳥羽院番鍛冶』を務めた同派筆頭鍛冶による最上の梨子地肌、最高権威本阿弥光忠の金象嵌、鎌倉初期の感動的な名刀です。
 粟田口派は、鎌倉初期、山城国に於いて三条、五条派に次いで興り、京物の名声をより一層高めた刀工群で、その流派名は、京の都と七道(東海道、東山道、北陸道、山陽道、山陰道、南海道、西海道)を結ぶ街道の入り口に設置された関所、いわゆる『京の七口』の一つとされる粟田口(現京都市東区粟田口)付近で鍛刀したことに由来しています。この地はかつて東国の各街道に通じ、軍事、交通の要衝地でもありました。
 世上、『粟田口物=名刀の代名詞』であり、名だたる名工を多数輩出していますが、中々現存作を見ません。初祖は国家とされますが、現存作は皆無、その子に国友、久国、国安、国清、有国、国綱の六人兄弟がおり、鎌倉初期から前期頃に掛けて活躍しています。
 この時代には、後鳥羽上皇が水無瀬離宮(摂津にあった避暑地)に西日本の名工を召集し、月番を定めて鍛刀させた、いわゆる『後鳥羽院番鍛冶』制度が行われました。打倒鎌倉幕府を掲げた上皇は、好機に備えて西面武士の整備を行う傍ら、安定的な武器生産並びに鍛刀技術向上のためにこの制度を確立、自らもその時々の番鍛冶相手に焼き入れを行いました。これがいわゆる『菊御作』です。粟田口一派からは、六人兄弟の国友、久国、国安が選出されていることも、一派の名声を更に一段と高めています。
 六人兄弟末弟の国綱は、後に北条時頼の招きにより鎌倉へ移り、備前福岡一文字助真、備前三郎国宗と共に相州鍛冶の草分けとなりました。新藤五国光はその子或いは門人と云われます。
 六人兄弟の次の世代は、鎌倉前期から中後期に掛けて活躍、国友の子に則国、則国の子或いは門人に国吉、国吉の子或いは門人に藤四郎吉光がいます。 
 同派の作全般に共通するのは、地鉄の鍛錬が特に優れている点であり、この上なく美麗な肌合いは『梨子地肌』と称されます。古伝書『解粉記(けふんき)』等によると、『鍛えはおそらく板目であるが、それと分からない程密に詰まっており、来一派の地鉄に比べて、より青み掛かって潤いがあり、清澄である。』と評しています。
 焼き刃は、上品な小沸出来の直刃、直刃調に小乱れ、小丁子の交じるものを基本とし、刃縁には二重刃の加わるものなどがあります。
 姿は細身で小峰、腰反り深く、先に行ってやや伏せ気味となるなど、平安末期から鎌倉初期に見られる古典的な姿を示します。
 全てに於いて格調高く、清雅で洗練された作風は、今も昔も愛刀家を魅了して止みません。
 本作は寸法二尺三寸一分、無銘ながら、図譜にも記載があるように、本阿弥光忠による金象嵌銘で『国安』の極めが付されています。
 国安は、国家の三男で藤三郎と称し、在銘作は太刀のみ、短刀の確実な作は現存していません。前述した『後鳥羽院番鍛冶』の四月に選抜された名工中の名工、重要文化財三口、重要美術品四口(無銘極めを含めると六口)の他、無冠ながら生ぶ在銘の太刀が、東京国立博物館に所蔵されています。
 太刀姿には、兄久国同様、細身で優美なものと、身幅が広めで強さを感じるものの二様があり、鍛えは、久国風に梨子地肌詰んだものと、板目がやや肌立ち大肌の交じるものがあり、地沸が良く付き地景が現れ、沸映りが立ちます。刃文は、穏やかな直刃はなく、小沸出来の直刃調に小乱れ、小丁子、小互の目を交えるのが基本で、刃中は金筋、砂流し目立ち、匂い口は潤み勝ちとなります。また乱れの間隔が詰まる傾向があり、更に焼き頭に打ちのけ風の小模様の焼き、いわゆる雁股風の刃を交える場合もあります。雁股風の刃は、後の綾小路定利や来国行の作などに特徴的に見られるものですが、既に国安にはその萌芽が見られます。
 本作は地沸を微塵に厚く敷き詰めた小板目肌で、この上なく詰んで美麗な梨子地状を呈し、所々強く肌立って流れ、地景細やかに働き、ほのかに沸映り立ち、鉄色明るくやや青み掛かっています。
 直湾れ調の焼き刃は、小乱れ、小丁子、小互の目を交えて乱れの間隔が詰まり、刃縁に煌めくような美しい沸が付き、刃中にはうねるような金筋掛かり、焼き頭には前述の雁股風の刃も見られます。
 この寸分の隙間もなく叩き詰めたような鍛錬の見事さ、刃沸、地沸の強さと美しさは他に類を見ません。こういった作風が新藤五国光を経て相州行光に伝わり、それを正宗が更に発展させたわけですが、後に隆盛を見せる相州伝の源流は間違いなく粟田口物にあると確信します。
 金象嵌銘を施した光忠は、本阿弥本家十三代当主で、折紙は元禄九年~享保十年まで残されており、同年九月没。
 本阿弥本家の折紙でも、特に十三代光忠までのものは、鑑定が厳格であるため、『古折紙』又は『上折紙』と呼ばれ珍重されます。その光忠が晩年の享保四年、八代将軍吉宗の命により編纂したのが、かの有名な『享保名物帳』です。その光忠の折紙となれば最も信頼が於けるわけですが、金象嵌銘の場合は、茎に刻み込むわけですから更に権威があります。故に古来より十三代光忠までの金象嵌銘は、在銘と同等であると言われます。
 その光忠が国安の典型作であると太鼓判を押した最上品、光忠金象嵌のある刀は流石に名刀ばかりですが、本作も間違いなくその一振りに入ります。
 そもそも粟田口物自体中々お目に掛かりませんが、それが国安ともなれば、愛刀家方々の目の色が変わること必至、薫山先生の『鑑刀日々抄』所載品です。
 これが『後鳥羽院番鍛冶』にその名を連ねる同派最高峰鍛冶、粟田口国安の実力、『この鉄鍛えは凄い!』の一言に尽きます。



















【売約済】商品番号:V-1780 (金象嵌)国安(粟田口) 第二十七回重要刀剣指定品 薫山先生並びに探山先生鞘書き有り 『鑑刀日々抄』所載品

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