渡唐天神(菅原道真)図大小刀共小柄
長曽祢興里入道
(ながそねおきさとにゅうどう)
同作彫之
Kozuka:Nagasone Okisato Nyudo
新刀・武蔵 江戸前期 最上作 最上大業物
第四十九回重要刀装具指定品(平成十五年)(二〇〇三)
『乕徹大鑑』所載品

全長:25.4(八寸四分弱) 刃長:14.9(四寸九分強) 小柄長:10.1 小柄幅:1.8
小刀 片切り刃造り。 刀身部分に渡唐天神図薄肉彫り有り。 鍛え、板目に杢目、流れ肌を交えて良く練られ、地色やや黒み勝ち、地沸厚く付き、地景良く働き、地鉄良好。 刃文、直調で僅かに湾れ、刃縁匂い勝ちに小沸付いて明るく冴え、刃区上、二重刃風となる。 帽子、直調で先小丸風に浅く返る。
専用木鞘入り。
【コメント】
長曽祢虎徹の重要刀装具、世に三本しかない内の二本、同工の類い希なる技量が全て凝縮された究極の逸品、『乕徹大鑑』所載品です。
虎徹は、越前の生まれで、元来は甲冑師でしたが、『長曽祢興里入道乕徹 本国越前住人至半百居住武州之江戸・・』と刻された作が残されているように、『至半百=五十歳』を過ぎた明暦二年(一六五六)頃には江戸へ出て、刀鍛冶へ転向したと伝わります。
作風は、前期は『瓢箪(ひょうたん)刃』と称される大小連なった互の目の出入りが目立つ刃文、後期は出入りが少ない頭の丸い互の目が連なる刃文、いわゆる『数珠刃』が主体となります。
その師伝に関しては、諸説あるものの、和泉守兼重、上総介兼重が最有力とされ、特に数珠刃に関しては、上総介兼重が得意とした、互の目の連れた刃文に触発されたものと考えて間違いないでしょう。
年紀作に見る活躍期は、明暦二年から延宝五年(一六七七)、翌六年に没したと云います。
虎徹の銘振りは、大別すると、万治三、四年(一六六〇~六一)頃から見られる『長曽祢虎徹入道興里』の『虎』の文字の最終画を上部にうねるように跳ね上げる『ハネ虎』銘と、寛文四年(一六六四)八月から見られる『長曽祢興里入道乕徹』の『虎』の文字が『乕』になる『ハコ虎』銘に分けられます。
言わずと知れた最上大業物鍛冶、主に山野加右衛門尉永久による金象嵌截断銘の入った作をまま見受けます。
彫り物も得意で、越前記内風を踏襲、真の倶利伽羅、剣掴み龍、大黒天、二王、不動明王などの濃厚なものから、簡素なものまであります。
自身彫りの場合、必ずと言って良い程、その旨を添え銘しており、基本的に、寛文四年八月頃までは『同作彫之』、それ以降は『彫物同作』と切り添えます。
本作は、世にも珍しい虎徹の重要刀装具、大小刀(おおこがたな)共小柄とは、大振りの小刀で小柄部分と一体化しているため、このように呼ばれます。
共に『乕徹大鑑』所載品で、且つそれぞれ重要に指定されています。
大鑑や図譜にも記載があるように、世に三本しかない内の二本が、今ここにあることは大変なことです。
V-2132は、片切り刃造りの刀身部分に、渡唐天神図を薄肉彫りにしてあります。渡唐天神とは、唐の地、つまり中国に渡った天神の意、天神とは、『学問の神様』として有名な菅原道真を指しています。
小柄部分の表櫃内に『長曽祢興里入道』銘を鋤出彫りにし、裏は海鼠(なまこ)状に鋤下げてから、『同作彫之』の鏨銘を入れ、下方を猪目透かしとしています。前述したように、同工は彫り物も得意ですが、渡唐天神図は珍しく、且つ銘を浮き上がるような鋤出彫りにしたものは、極めて稀です。
図譜には、『その銘振りから、明暦二、三年、同工が刀鍛冶に転向して間もない頃の制作と推考され、その鏨さばきには 名工として後に名を馳せる虎徹の叡智の魁を窺うことが出来る。』とあります。
出来は、直調で僅かに湾れ、刃縁匂い勝ちに小沸付いて明るく冴え、刃区上、二重刃風となっています。
二本とも、彫り物を見ただけで虎徹と分かる個性的な作で、その彫り口には、越前彫りに共通する力強さが存分に示されています。
近年稀に見る大珍品、しかも重要刀装具ですから、後々その価値は更に高まってゆくでしょう。
虎徹の個性と才覚が凝縮された素晴らしい逸品、残りの一本も鋭意捜索中、お持ちの方は是非お譲り下さい。

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