脇差し 越中守正俊
(えっちゅうのかみまさとし)
寛永三年八月吉日(一六二六)
Wakizashi:Ecchunokami Masatoshi
新刀・山城 江戸初期 業物
第二十二回重要刀剣指定品(昭和四十九年)(一九七四)
薫山先生及び探山先生鞘書き有り
『鑑刀日々抄(続)』所載品及び
『刀剣美術 第二二〇号(昭和五十年五月)(一九七五)』鑑定刀

刃長:45.1(一尺四寸九分弱) 反り:1.3 元幅:3.16 元重ね:0.79 穴2
【コメント】
越中守正俊の重要刀剣、希少な寛永年紀入り、京三品鍛冶筆頭の代表作、『鑑刀日々抄(続)』及び『刀剣美術』所載品です。
正俊は、関兼道の四男で、室町最末期に父と兄伊賀守金道、和泉守来金道、丹波守吉道らと共に上京、新刀鍛冶の最大派閥、三品一派を興し、その代表工として、慶長から寛永頃に活躍しました。
年紀作は極僅かで、上限が慶長五年、下限は寛永六年になります。
作風は、志津風の刃、兼定や兼房風の互の目丁子、兼元風の三本杉尖り互の目など、その出自である美濃伝を得意としますが、その他にも直刃、皆焼きなども見られるなど、その作域は一門中最も広く、一番の器用人です。帽子は、浅く湾れ先尖り風に返り寄る、いわゆる三品帽子となるものが大半です。
また脇差し、短刀には、極稀に真の倶利伽羅、火炎不動など、濃厚な彫り物も見られます。
本作は、昭和四十九年(一九七四)、第二十二回重要刀剣指定品、寸法一尺五寸二分、身幅、重ねしっかりとした勇壮な菖蒲造り脇差しで、貴重な寛永三年の年紀入り、晩年に近い円熟期の会心作です。
板目に杢目、流れ肌を交えてややザングリと良く鍛えられた地鉄、互の目、丁子、矢筈風の刃、尖り心の刃を交えた刃は、刃縁に荒沸付いて匂い深く明るく冴え、刃中小足、葉入り、地に細かな飛び焼き多数で、島状の湯走りが掛かっています。帽子も浅く湾れ込んで、先突き上げ気味にやや尖って返るなど、いわゆる三品帽子を示しています。
薫山先生鞘書きと共に『鑑刀日々抄(続)』所載品、その中で、『本作は、初代正俊として、全てが型通りの上出来であり、特にこの刃文と帽子が見所である。』と評しており、探山先生鞘書きには、『地刃の出来、三品帽子など、彼の典型且つ出色の優品也。菖蒲造り及び彫り物も乱れ刃と良く調和している。』とあります。
図譜にも、『本作は、寛永三年紀のある同工晩年作で、三品帽子を顕著に示し、刃も明るく冴えるなど、同工の典型的作風を示して余すところがない。』とあり、重要指定の翌年、『刀剣美術』の鑑定刀にも選出されています。
表裏腰元には得意の彫り物、三鈷柄附き剣、長梵字、護摩箸がありますが、どれもピシッと決まっており、刀身の美観を高めています。
三品系鍛冶は、平造り、片切り刃、菖蒲造り脇差しにも名作が多く残されていますが、本作もその一つに加えられる優品です。
新刀重要に欠点なし、三品筆頭鍛冶の名に恥じない、越中守正俊の自信作です。






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