生ぶ太刀 (金粉銘)了戒
(りょうかい)
本阿(花押)(光遜)
Tachi:Ryokai
古刀・山城 鎌倉末期 大業物 拵え付き
第四十八回重要刀剣指定品(平成十四年)(二〇〇二)
本阿弥光遜鞘書き有り

刃長:71.6(二尺三寸六分強) 反り:2.1 元幅:2.64
先幅:1.31 元重ね:0.61 先重ね:0.26 穴2
太刀拵え(全長約104 柄長約24.5 幕末期 鞘 金梨地に三枚柏紋金蒔絵、足間は錦布 石突き、責金、足金物等の金具類、素銅地に金色絵、唐草の同作同図 太刀緒、卯の花、紫、薄緑 黒太鼓革 渡り巻き藤色 柄 親鮫に藤色柄巻き 縁頭他金具と同図 目貫、素銅地金色絵、一引に三枚柏紋図 太刀鍔 素銅地金色絵、大切羽唐草模様図)付き。
【コメント】
了戒の重要刀剣生ぶ太刀、本阿弥光遜による金粉銘極め、鎌倉末期の来派代表工、優美で格調高い逸品です。
鎌倉中期から南北朝期に掛けての山城国に於いて、最も隆盛を極めたのが来一派であり、事実上の祖である来国行を筆頭に、国俊、光包、了戒、国光、国次らが活躍、皆技量高く、数多くの名物が残されています。
その中にあって了戒は、ただ一人入道銘を名乗る異色の刀工で、正嘉元年(一二五七)生まれ、来国俊十七歳の時の子で、十六歳で出家したとも伝えられています。
年紀作に見るその活躍期は、鎌倉末期の正応三年(一二九〇)から延慶二年(一三〇九)まで、名古屋市熱田神宮所蔵で子の了久信との合作太刀、短刀の『名物秋田了戒』などの重要文化財五口、重要美術品三口を数える名工です。
作風は、父来国俊に極めて近いものがありますが、小板目に柾流れを交えて白け風の映りが現れ、刃縁が白くうるみ勝ちとなるなどの特徴が見られます。中には柾目が強く現れ、刃にほつれや二重刃が繁く掛かるなど、一見大和物に見える作もあります。
本作は、本阿弥光遜による『了戒』の金粉銘極めが付された一振り、平成十四年(二〇〇二)、第四十八回の重要刀剣指定品です。
寸法二尺三寸六分強、小切っ先で、美しい輪反り姿を示した気品溢れる生ぶ太刀、また光遜は、金粉銘だけではなく、昭和四年に鞘書きも記しており、千貫の代付けをしています。
光遜は、大正~昭和前期の研ぎ師、鑑定家で、人間国宝研磨師小野光敬の師に当たり、『日本刀の掟と特徴』の著者としても有名です。明治十二年生まれ、本阿弥成善(琳雅)に弟子入りし、昭和三十年、『日本刀の掟と特徴』を出版、翌年死去。
図譜には、『この太刀は、生ぶ茎無銘で、本阿弥光遜が了戒と鑑して金粉銘を施している。生ぶの太刀姿が美しく、一見、来国俊風であるが、地がねに流れ肌があり、焼刃に一部うるみ心が見られるなど、了戒の特色を看取出来る。所伝は正に首肯しうるもので、総じて格調が高い。』とあります。
また大業物鍛冶としても名高い了戒ですが、剣豪宮本武蔵もその斬れ味に魅了された一人で、愛刀の一つであったと伝わっています。
何とも上品な了戒の生ぶ太刀、幕末期の太刀拵え付きで楽しめます。






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