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鍔:波濤図
無銘勘四郎
Tsuba:Hato Zu
江戸中期
第五十回重要刀装具指定
伊藤満著「西垣」所載

縦74.5 横70.7 厚4.7 重129g
真鍮地障泥形 鋤出彫 両櫃孔
重要図譜
「初代西垣勘四郎は吉弘と称し、慶長十八年豊前国中津生まれ、平田彦三の門人となり、修行して同流白銀細工の相伝相続を許されている。独立後に細川家の抱え工となり、細川三斎より二十人扶持を支給された。寛永九年十二月、主家の移封に隋従して、肥後国八代に転住し、さらに熊本の職人町に移っている。林・平田・志水家と共に肥後金工群の主流をなして西垣派を起こした。元禄六年六月に八十一歳で歿している。
作域は地透の地金は柔らか味があって、平地の処理にも多少変化のあるものが多く、また形には撓みがあり、少し歪んで見えるものが多い。大きな特徴は下張れの障泥形が多く、鉄以外には師の平田彦三と同じ素銅地、真鍮地を使用した作も存在する。
この鍔は、真鍮地で障泥形に造り込み、切羽台の部分を厚く、耳の方に行くにしたがって平肉を落とし、環耳風にした垢抜けた形である。勘四郎独特の泥波を鋤出彫にし、その波間に漆を上手に使用して躍動感溢れた作品に仕上げている。時代色が十分つき、味わいを深めた肥後初代勘四郎の寂味を表出した優品である。」
専用桐箱 たとう入り
重要図譜
「初代西垣勘四郎は吉弘と称し、慶長十八年豊前国中津生まれ、平田彦三の門人となり、修行して同流白銀細工の相伝相続を許されている。独立後に細川家の抱え工となり、細川三斎より二十人扶持を支給された。寛永九年十二月、主家の移封に隋従して、肥後国八代に転住し、さらに熊本の職人町に移っている。林・平田・志水家と共に肥後金工群の主流をなして西垣派を起こした。元禄六年六月に八十一歳で歿している。
作域は地透の地金は柔らか味があって、平地の処理にも多少変化のあるものが多く、また形には撓みがあり、少し歪んで見えるものが多い。大きな特徴は下張れの障泥形が多く、鉄以外には師の平田彦三と同じ素銅地、真鍮地を使用した作も存在する。
この鍔は、真鍮地で障泥形に造り込み、切羽台の部分を厚く、耳の方に行くにしたがって平肉を落とし、環耳風にした垢抜けた形である。勘四郎独特の泥波を鋤出彫にし、その波間に漆を上手に使用して躍動感溢れた作品に仕上げている。時代色が十分つき、味わいを深めた肥後初代勘四郎の寂味を表出した優品である。」
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